2018年10月22日

哲学ナノちゃん philosophy of Nanoka

 昔、読んだ本を、なんとなしに手にとって、読んだ。
そして、なんだか、とても、納得してしまった。

こどもの哲学、というのは、とても、シンプルな
存在に対する疑問、なのだそう。
森羅万象すべてに対して、ここにある、というのが謎なのだそう。

ナノカが、「〜は、なんで、できてるの?」
という質問をくり返す理由が、わかった。

ちなみに、哲学のお題は、年代で変化していく。

こどもは、シンプルに、「存在」が主題だが、
青年にとっては、「いかに、生きるか」となり、
大人にとっては、「世の中のしくみを、いかにするか」であり
老人にとっては、「死」となっていくのだそう。

だから、こどもの哲学的な質問に、大人は、
なにを、言ってるのか、わからない、てことが出てくる。

ナノカは、母に質問を集中させる理由を、
「ママが便利。ママしか、答えてくれない。」
と言っていたが、たぶん、ナノカの質問の意図が、
ほとんどの人に届いたことがないのだと思う。

私も、毎回「なんて、面倒なことを、聞いて来るんだ」とは思うが、
こどもの心がほんのちょっと残ってるせいなのか、意図はわかるので、
頭痛をこらえながら、毎回、答える。
そして、ナノカは、その問答自体が、楽しいのだ。

哲学は、遊びなのだそう。
「〜は、〜だ」を探し続ける、という遊び。
なので、「〜は、〜だよ」と、教えてもらって知識になっても、
ちっとも、楽しくない。
ああでもない、こうでもない、とやりとりするのが、楽しいのだ。

「そんなの、どっちでも、いいでしょ!」
「こう決まってるんだよ。」
と思うこと、度々だが、ヤボなことを、言わないでよかった〜、と思った。

ちなみに、あんまり、「人間って」「宇宙って」てうるさいので、
今、流行りの「君たちは、どう生きるか」を買ってみて、読んで聞かせたが、
これは、完全に、睡眠導入本として、扱われている。

ナノちゃん、まだまだ、「どう、生きるか」には、興味ないみたいです。
とっても、順調に、育ってます。

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