2019年9月28日

カフェアーティスト第2弾 Cafe Artist 2

2回目の小学5年生の作品。だいぶ、ペンの扱いに慣れてきました。短いストロークの線で描く、やさしい雰囲気の絵です。5th grade girl. Short stroke line made her warm atmosphere picture.
ビッグさんの作品。愛読書「モモ」の一場面を、イラストに。髪の毛やだぶだぶの服、そして、やわらかそうなほっぺた。世界観を、背景も加えながら、描きあげています。Grownup drew her favorite book, Momo, in her way. It was difficult to make illustration in one's imagination, but she succeeded it.
ビッグさん。大好きなペンギンを初めてのペン画で、しっかり描き上げました。氷の冷たさと、子ペンギンのふわふわ感の対比などを、線のみで、しっかりと描き分けました。Other grown up drew little penguin on the ice. She drew softness of feather and coldness of ice with one pen.
カバ。全体が、グレーの動物を、線の重ねのみで、作り上げていきました。とても、ていねいに、濃いところ、薄いところを、バランスをとりながら、仕上げました。しっかり、真面目に描き込んだゆえの、ユーモアがたまらないです。Another grown up drew hippo. Serious approach made humor. Very good balance of light and darkness.
2回目の中学生。今回は、トーンの理解と、全身のバランスを取ることを課題にしました。毎回、新しい課題にチャレンジするので、四苦八苦する面もあるのですが、毎回、その課題を身につけて、上達していってます。7th grade tried to work on her own assignment. This time, she tried to understand the tones and catch the good balance of figure.
カフェゆいまーるさんでの、2回目のペン画講座。
街中のカフェ、という落ち着いた雰囲気の中、
黙々と線画を描くというのは、なかなか、心地よいようで、
とても、楽しく、それでいて、よい集中力で、できあがっていました。

また、やりたいと思うので、
興味のある方、2回目、3回目と、続けたい方は、どうぞ。

2019年9月27日

変われない? No Change!



 Nanoka's summer project last year-plastic on the beach.
去年のナノカの夏休みの自由研究。
海水浴に行った海で、ゴミを拾い、プラスチックごみの多さを体感した。

この研究は、1日だけ体育館の壁に貼られて、そのまま、返ってきた。
特にコメントもなく、「こんな風に、次は取り組んでみたら?」のアドバイスもなく、
ただ、ふつうに返却されて、終わった。

たくさんの児童がいて、それぞれにコメントをするのも
大変だし、当時は、「そんなものだよね」と思ったけれど、
「もう少し、子どもの熱意や気持ちを、
受け止めて、方向付けして欲しいな」とも、思ったのが正直なところ。

子どもの、研究心や、正義感、疑問、
といったものの行き先が、ないように感じた。
(各ご家庭で、やってね、て事なんでしょうが)

よく、大人から聞くのは、
「そんな事を、学校に求めるのは、甘え」
「自分たちの時代なんて、なにも、なかった」
「教師に、叩かれたけど、立派に育った」
というような、「昔より、マシ」だから「変化、不要」論だ。

でも、昔がもっとひどかったからって、
今、変わらなくていい理由になるのかな。
求められるものも、生き方も変わっていくのに、

世界で、子どもがさまざまな発言をしているが、
「真実をついている」
ことが、多いと思う。
それに対し、
大人は、「変われない」と言うのみ。
でも、どの話も、言い訳ばかりに感じる。

子どもの「変えたい」気持ちは、尊重してやってほしい。
未熟かもしれない。粗もあるだろう。
でも、頭ごなしに、批判して、何になる?

知恵や、知識や、技術を持っている大人が、
力を合わせて、次の世代のサポートをしてあげたら、
「変わる」かもしれない。

ニューヨークにいた時、
カフェでたまたま隣に座ったおば様と仲良くなり、
お話ししてたら、「うちね、あそこの公園の掃除を、
毎週、土曜日の朝にしてるのよ」と教えてくれた。
おば様は、夫婦で、思いつきで掃除をし始めたのだけど、
そうしたら、声をかけてきた若者が、加わり、
次々と人が集まり、今では、結構な集まりになってる、
と言っていた。
そして「楽しいのよ」と、笑った。

行動は、一人の思いつきから生まれ、
その変化がよいと感じる人につながり、
素直に反応が広がり、世界は変わっていく。

ニューヨークの子達は、大人のその姿を見て、
「行動するって、いい事なんだ」と育ったんだな、て思った。

うちの子も、そう、育って欲しい。
すべての子にも、そう、信じさせてあげたい。

君が疑問に思って、調べたことは、価値がある。
その姿勢は、とても、尊い。
ずっと、その気持ちを持って、社会を作っていってね。

学校は、そう言ってあげられる場所で、あって欲しい。

2019年9月25日

あそびの王様 Play!

水路をつないでいく constructing the canals together
水源の管理係 mentain the water supply
ナノカとお友達が、砂場で遊び始めた。

しばらくすると、その場にいた、初めて会った子ども達も、加わり、
大きな、水路を、完成させた。

最初は、それぞれが、水を貯めたり、
穴を掘ったりしてたのに、
それは、つながっていき、
途中から、道具を融通し合ったり、
声を掛け合ったりと、水の流れを管理して、
それは、それは、見事な連携プレーとなっていった。

ただ、ぼーっとその様子を見ていて、
「遊ぶ」って、クリエイティブで、
協調性も必要で、
素晴らしいものだなあ、と実感した。

人間っていいな、とすら、思った。

「サルの子どもは、じゃれあって、虫や花にも興味深々だけど、
大人のサルは、自分に関係のないものには、興味も示さない」
と、ニホンザルの本に書いてあった。

子ザルは、遊びの中で、何が必要か、学ぶ。
一方、大人のサルになると、食べ物とか、縄張りとか、
実質的なもの以外には、見向きもしなくなる。
生きるためのノウハウを身につけたら、
ただ、必死で生きていく事に集中しなきゃいけない。

子どもの生活の中から、
大人の視点で、ムダを省いていくと、遊びは消える。

遊びがないと、そこで得られるはずだった経験を、
学びそびれたままになっていってしまう。

ふと、山のように、遊んだ記憶が、
思い出の中から、湧き上がってくる。
日が暮れるまで、裏山で、粘土掘って、
隠れ家作って、遊び倒してた。

大人になって、
自分が、いかに、遊びに集中できなくなってるか、
実感した。
あやとりにも、しりとりにも、おにごっこにも、
「仕方なく、つきあう」ことは、あるけれど、
何時間も、やり続けるなんて、とてもじゃないけど、できない。

大人の、用意した、1日なんて、
遊びが全然足りなくて、
ちっとも、おもしろくない。

小学校から、思春期に至る、さまざまな問題は、
大人のあさはかな計算と、あさはかな考えを、押し付けられた
ムリのある、子ども時代のひずみに思えてしまう。

2019年9月24日

「日本一、すごい」が似合うために Woman fit for No.1 T-shirts

誕生日プレゼントに、ナノカが、Tシャツを仕上げてくれた。
着るのに、かなり、勇気のいるTシャツだ。
Nanoka completed T-shirts for my birthday present.
It said, "She is No.1 in Japan" at the top of Mt. Fuji.
いいデザインのTシャツだ。
ユーモアの具合が、ちょうど、いい。
キッチュな、富士山も、気に入った。

トレーシングペーパーに写して、布を切り取るのも、
貼るのも、ボタンを縫い付けるのも、全部、一人でやっていた。
すっかり、自立した。

周りに対して、気配りのある、
それでいて、とても、元気で、クリエイティブな、
やさしい子だ。
「君が来てくれたことが、ママへの一番のプレゼントだよ」
と言うと、「それ、ずっとじゃん」と言ってた。
ずっと、うれしくて、幸せだよ。

引っ越し、転校、と
忙しかった半年間。

ナノカのために、移動してみて、
ふと、人生史上、一番の田舎に暮らしてる事に気づく。
毎朝、外を見て、農村なので、びっくりする。

学校を選んでの、副産物の暮らしだけど、
この年齢で、この選択ができて、よかった。

川遊びをしたり、栗拾いをしたり、
時に大きな蜘蛛と出会ったり、
イノシシの声を聞いたり、カラスを畑から追いやったり、
それは、それは、毎日がカラフルで、
それを、まだ幼いこの人と、キャアキャアと楽しめることが
本当に、うれしい。

この生活を、成り立たせていくことが、
親の仕事なわけで、
これがまた、自分の仕事と、子の成長や、自分たちの経済状況やら、
さまざまな葛藤の中にあるのだけど、
それでも、「なんか、ヨカッタ」と言える。

節目なので、これからの事を、考えた。

① かんころ餅の絵本の執筆、足りない取材の継続

野崎島出身の方に改めて取材して、故郷を離れることになった
当時のお話を、絵本に書き加えたい。

赤波江教会のミサをもう一度、取材して、記録に残したい。
そのミサを続けられる、神父様にもお話を伺いたい。

お花当番の様子を取材して、記録。

家庭で作られている、かんころ餅の作業の様子を取材。

② ナノカと、この生活をクリエイティブに楽しむ

草木染め (栗、玉ねぎ、やしゃぶし)
藍と紅花も植えてみる
イチゴを植える
籠編み
服を作る
額縁を作る
看板を作る

③ ナノカと、経験できそうなことを勉強して、拡げる

登山(岩登り、沢登りも、やってみたい)
釣り(自力で、できるようになりたい)
自然観察(パパは、ワナの資格を取るので、私は自然観察系の資格を取ろうかな)
歴史(ナノカが、漫画日本の歴史を読破して、興味を持ってるので、各地を訪れたり、体験してみたりしたい)
時事問題(ナノカと新聞読んだり、切り抜いたり、調べ物したり、したいな)

④ ナノカに、軽く、英語を教える

毎晩、英語の絵本を一冊読む。
週一で、英語をちょこっと、教える
アルファベットの飾りを作る

⑤ 教えることで、学び続ける

リトルアーティストのプログラムを通して、子どもが自分の表現や発想に
自信を持ってくれたらなあ、と思う。
絵を描くって、それぐらい、自分の分身を作ることだと思う。

⑥ ビジネス的な仕事もする

看板や、壁画、チラシに、ビジネスカード
商品作りや、ノベルティ商品など、
なんでも、商売を、積極的にする。

⑦ アーティストとして、しっかり発信する

アーティストとは、「絵や作品が、上手な人」ではない。

アートとは、コアな部分を見つめて、あらゆる形で
発信していくことだと、海外の美大で教わった。
(少なくても、私の恩師の何人かは、そう言っていた)

日本では、そうした、アーティスト=行動する人というイメージが
あまり浸透してない。
(だから、俳優や、スターや、作家や、アーティストに
一般常識や、自分たちの感覚を、要求する。
でも、同じ生活の中から、突出したものが生み出せるだろうか?)

無茶であろうが、現実的ではなかろうが、
目をつぶりたかろうが、みんなが嫌な真実であろうが、
向き合わないといけない時は向き合って、
世の中につきつけるのが、アーティストだ。

マイケルだって、「地球温暖化を、みんなで止めよう」と言ってた。

大スターの影響力には、全く、およびもしないけれど、
心意気は、同じように、まっすぐ、ありたいな、と思う。

以上
(まだまだ、あるだろうけど、今日の時点で)

娘が、好奇心を持ち、
前向きに、チャレンジしていき、
世界に飛び立っていくことを願うなら、
自分も、そうあってほしいな、を背中で見せなければ。

だから、ちょっと、面倒でも、
難しいな、浮いちゃってるな、と思っても、
えいやと、がんばり続けたい。

「日本一、すごい」のTシャツに、ふさわしくありたい。

ナノカのTシャツを、お返しに仕上げた I designed for Nanoka
ママにしては、地味だね、と言われた。そうかなあ。She said it was not vivid as your design. Really?

お皿とマグカップ Mug and dish

こうばるの生きものをお皿にしました I drew the lives in Koubaru river on dish
ナノカはシンプルな絵柄 Nanoka drew very simply
マグカップは、鳥と雲 She drew same way on the mug.
恒例のジャム作りとラベル作り。ラベルのブルーベリーに立体感が出てきました。 We made jam and ravels.
夏休みに友人が来た時に、三川内の陶芸会館に絵付けに行った時のものが、
焼きあがってきました。
小さなお皿に何を描くか迷って、こうばるの生きものを描きました。

「なにかを、変える」ことは、一人では難しく、
考え始めると、人は、無力感を感じて、動けなくなります。

この年まで、いろいろやってきて、思うことは、
やれることを、淡々と、やり続けることの、大切さ、です。

ものごとは、
山登りのように、淡々と足を運び、
ふと振り返ると、遠くに出発した、テントが小さく見えるみたいに、
歩いているうちに、成果を感じることはない。

10月22日に、こうばる探検隊 秋の巻 があります。

そこで、子ども達が、自分のくもりない心で、
ものごとと出会う。
その子が、いつか、一歩を踏み出す。
そんな風に、積み重なっていったら、と願います。

小さい活動だけど、淡々と、続けていきたいです。

2019年9月19日

9月19日 Septmeber 19th

このまま計画が進めば、ダムに沈んでしまいます。 This beautiful river would be sink under the dam.
この青年たちの故郷も、なくなります。This boys' home would be sink, too.
とうとう、石木ダム建設予定地の、強制収用の期日となってしまいました。

ずっと、私にできることは、何なのだろう?
そして、この事の、一番の疑問点は、何なのだろう?
と、考えていました。

ダムのことは、必要性について、まず疑問があり、

なんども訪れて、自然を観察している立場から、
とにかく「自然を失いたくない」との気持ちもあり、

また、住人の方の人生を知ると、
「これは、人権問題では?」と思うし、

そして、建設にかかる費用が、市民の税金負担であること、
できた後のメンテナンス費が、何十年にわたって、次世代にのしかかること、

どれも、「もっと、話し合って、決めないと、後戻りできない」
大切なことだと思います。

でも、なにより、私が気になるのは、
「この問題に、関わりたくない」
「知りたくない」
という、雰囲気の方だと、ずっと感じてきました。

佐世保に引っ越してきた時、フレンドリーな雰囲気が、
とても、ステキだと思いました。
子どもに、町中の人が声をかけてくれて、
孤立した気持ちになることもなく、子育てを、楽しめました。

でも、子どもが育つにつれ、段々、目についてきたことがあります。
それは、社会問題に対する、大きな拒否反応です。

先日、高校生が反対集会でスピーチをしましたが、
担任教師が、
「受験を控えた高校生の身で、そんな事をしていいと思ってるのか?」
と、止めに入ったそうです。

高校生は、18歳になれば、選挙権があります。
デモも、集会も、スピーチも、法律で認められた、
社会運動で、権利で、民主主義の基本です。

百歩譲って、担任の先生は、
保守的な町で、高校生が受ける影響を心配して、
反対したのかもしれません。
その場合、学生が、自ら考えて、発言する事をよしとしない
雰囲気が、この町にあることの問題を考えないといけません。

社会は、民主主義が、
一人一人の良識によって、支えられていないと、
不利益を訴え出たり、真実を追求したり、できないのではないでしょうか。

オランダでは、小学生の授業で、
「メディアは、どうして、嘘をつくのか」
という、ディスカッションがあるという記事を、先日、読みました。

小学生の頃から、社会問題を、ひとつひとつ、自分の頭で考えて、議論して、
心構えを、学んでいくのです。

日本でも、2020年からは、文部科学省の指導要領の基本方針も、
「自ら考え、自ら行動する」人材の育成に転換します。

私の呼びかけは、「反対しましょう!」ではありません。

この問題の当事者は、佐世保市民であり、長崎県民です。
だから、知って、考えて、自分の意見を持ちませんか?

賛成でも、反対でも、結論は、それぞれだと思います。
大切なのは、社会に参加して、一緒に作っていく、気持ちだと思います。

できることで、社会と関わっていく。
それが、最終的には、自分や、自分の家族や、周りの人を、
守っていくことなのではないでしょうか?

Today, 13 families in village named Koubaru were faced to be
taken their land, houses and farms
for the construction of dam.

The court gave the Government the right
to take all their land and the due is today.

This plan was made 44 years ago
and the dam plan itself was not necessary
since the water demand decrease because of population.

There were so many questions about dam construction:
we will lose very rich nature with rare lives,
no villagers accept the plan, so it is human right violations,
Sasebo citizen will pay so much tax for not only constructions
but also maintenance for long terms.

But my most concern is the atmosphere of Sasebo citizen's
"We don't know much about this, say anything about this"
Poeple are afraid to talk about it.

One high school girl had speech at the meetup in front of mass media
last month, and her high school teacher gave her pressure
not to have speech since she was just a high school girl.

Teacher could worry about her, but if so,
the atmosphere of "Don't say anything about it!"
influence to the high school girl-that's big issue.

I do not ask people to oppose to the plan.
Each should decide oppose or agree.
The most important thing is the people should know
this is YOUR problem.
You should know, think and judge.
That attitude protect democracy
then protect yourself, your family and wholesome society.

2019年9月18日

収穫のライバル Harvest enemy

何をしてるのでしょーか?What was he doing?
何をしてるのでしょーか?What was she doing?
こたえ:栗ひろい。Answer: Picking the chestnuts.
落花生も、そろそろのようです。We harvested the peanuts, too.
ある日、朝起きると、聞いたことのない鳥の高い声が、
ギャー、ギャーっと、裏山から、響く。
「何?」
その後、ナノカとバス待ちをしている時にも、激しく聞こえた。
「ギャー、ギャー、ンゴ」
もしかして、、、
We heard the unknown high sound from the back yard slope.

裏の栗山に、イノシシが来ている?
となると、その下にある、うちの畑のサツマイモ、落花生も
標的となるのは、時間の問題であろう。
試しに掘ってみたら、サツマイモは、まだ細い。
これは、タイミングとの戦いになるな、、、
Sounds like boar. 

週末、大家さんが、栗拾いを薦めてくれたので、
初めて、裏山に登ってみた。
斜面がきつすぎて、数回、転んだ。
そこに、イガがいっぱい落ちている。危険だ。
On weekend, landlord offered us to pick the chestnuts backyard slope.

イガはいっぱい落ちてるが、ことごとく、空っぽ。
すでに、きれいに、イノくん達が食べている。
There were almost no chestnuts inside the squids.
Boar already ate all of them.

大家さんに聞くと、
「もう4匹、ウリ坊が引っかかったよ」
とのこと。
あの叫び声は、罠にかかったウリ坊の声だったのだ。
Landlord put traps and 4 baby boars were already trapped.

仕方なく、栗拾い、ではなく、栗落としとなった。
虫食いもはげしかったので、水に浸けて、少し寝かせている。
栗ご飯、一回分はあるかな。

今日の朝、相方が、カラスが畑にいるのを見つける。
脅かすと、口に落花生を加えて、飛んで行った。

慌てて、畑に行くと、落花生の殻が、散乱している。
かなり、食い荒らされている。

すこし、掘ってみると、未熟なものと、大きいものが混在している。
掘り起こすには、ちょっと早いが、
待っているには、敵が多すぎる。

面倒だが、指で掘って、大きいものだけ、収穫してみた。
これで、全滅は避けられた。

土の中から食べ物が出てきたり、山の斜面に落ちてたり、
それを、生き物と争ったり、
なんだか、騒がしい、農村の秋。
でも、実りの喜びを、肌で感じる。

私も生きてる。あちらも生きてる。
私たちは、芋や栗や豆を争う、敵同士だけど、
存在を互いに意識しながら、秋を祝ってる仲間のようにも感じる。

2019年9月17日

久住、リベンジ! She tried to climb!

山に登ってきました。we climbed up the mountain this weekend.
 8月、お友達と登るはずだった久住山。
法華院温泉まで登った所で、体調悪化。
テントでみんなの登頂を待つことになりました。
その日は、全然、気にしてなかったのに、後になり、
「私も登りたかった」と悔いが残った様子。
連休に、日帰りで、再チャレンジすることにしました。
山頂が見えてきた。がんばるぞ!we could see the top. One more hour to go!
最後の岩場。もう、一息。last steps to the top
登頂成功!We had done!
山頂でラーメン、最高〜。We cooked the noodle at the top. Best ever.
、、、からの、星生山。バテバテ。But another mountain to go
体力、気力の限界です。以上。Too tired when we were at the top.
1日で、1700メートル級を2個は、キツかった、、、
(相方の、楽観的「行き帰り+20分で行けるだろう」は、信用してはいけなかった)
「だまされた」「つらい」と嘆きしか出ない、後半戦。
でも、登りだしたら、登り切るしかないし、
登ったら、降りるしかないし、、、がんばりました。

終了後のナノカの感想
「山は、楽しいけど、苦しくもあるよね」
かなりキツかったのに、「楽しいけど」が最初に来る。

山の上には、「わざわざ」辛い思いをしに、
登っている、奇特な人しかいない訳だけど、
その、奇特な人間の習性を見ていると、
人間の中の、いろんな力を感じとれる。

現代生活じゃ使わなくなった、あれこれの力だ。
それを使おうとするのは、
心も体も、健やかにしようとするバランス感覚なのかな、とも。

江戸時代の人は、東海道五十三次を、
ありえないスピードで、草履で走ってたとか。
昔の人は、斜面を耕したり、水を汲んで、運んだり、
それはそれは、体と感覚をフル稼働しないと
「生きて」いけなかった。

ボタン1つでピッと、快適な空間が生まれ、
すべてを自宅まで輸送してくれて、
電気信号で、人と意思疎通ができてしまう。
こんな世の中で、くすぶってる筋肉と神経は、
退化するのか、暴走するのか?

とは、考え過ぎですかね。
でも、疲労感とともに、
みょうに、活性化してるようにも、感じる。

降りて、ブルーベリーソフトクリームを食べて、
赤川温泉に入り、沢水キャンプ場でキャンプして、
次の日、七里田温泉下湯に入って、帰って来ました。
体の中の細胞を、ブルブルと揺らして、
「目ざめよ!」
と言ってきた、気分です。

私は、数日間、筋肉疲労との戦いですが、
子どもにとっては、山登りをする意味は、絶大。
「ナノカ、モデルチェンジ、最強版」になったこと間違いなしです。

まあ、でも、しばらくは、ハイキング程度でいいかなあ。

2019年9月11日

日本一、すごい Best in Japan

私のTシャツをナノカが作ってくれている。「日本一」「すごい」Nanoka designed T-shirts for me. It said, "No.1 in Japan" "Greatest"
デザインは、こうだったのだが、design like this first,
着るのに、勇気がいるものに、仕立て上りつつあるGradually it gets very remarkable one.
かんころ餅紀行のアップが遅くなってしまった。

6月に、本にする企画が通り、
2年以上にわたる取材の苦労が報われて、
先が見えて、ホッとした途端、
逆に、気が抜けて、心が折れてしまったのかもしれない。

同時に、これから3年かけて、本にしていく間、
生活費を、稼いでいかないといけない。
その問題が、消えたわけではないので、
現実的に、一つ一つ処理していく、
もう一踏ん張りの力が、ちょっと出なかった。

そして、その間、ナノカが夏休みで、家にいた。

宿題がなく、「思いっきり、遊ばせてくださいね」
と言われて、夏休みになったナノカ。
文字通り、朝から晩まで、遊んで過ごし、
長い長い休息をとった。

夏休みが明けて1週間が経ち、
取材の同行で、私も学校に行った。
以前よりも、元気なぐらい、自然体のナノカ。
たくさん遊んだことは、エネルギーになったようだ。

以前、子どもの脳の本に、
いかに、今の子どもの脳が疲れているか、という話が書いてあった。
子どもに限らず、大人もなんだと思うけど、
がんばれちゃうから、がんばるんだけど、
疲れちゃってて、そして、そこにさらに、「まだ、がんばれるよね?」と
課題やら、仕事やら、宿題がやってくる。
やれるっちゃ、やれるかもしれないけど、疲労がたまっていく。
そんな風に、疲れ切ってしまうのだ。

だから、宿題がない国が増えていて、
残業がない国が増えているんじゃないだろうか。

と、ちょっと、自分が休憩した理由を、述べてみた。

休んで、私も、やる気が戻ってきました。
取材も、かんころ餅のことも、がんばります!
(「日本一、すごい」Tシャツの似合う母になりたいですし)

カンコロの島紀行8月Goto Article August

カンコロの島紀行8月26日掲載分です。

こじこじぱんは、小値賀町の大人気パン屋さんですが、
それは、おいしくて、大人気、というだけでなく、
この島が好きで、
この島と生きていくためには、どうするべきか、
この島は、何を望んでいるのか、
と考えて起業した、
若い移住者の試みと努力が、伝わるからなのかな、
と思いました。

カンコロ餅との関係からいくと、
「サツマイモ」が主食に練り込まれてる、
という所で注目しました。

現代人は、おいしいものを選んで食べられるようになり、
伝統食は消えていく。
その流れは、当たり前だけど、「ダメ」と言って、
止められるものではありません。

ただ、何がその土地で、自然に採れるのか、など
まったく無関係でいいのかと言えば、
無理な栽培による農薬や化学肥料の問題や、
輸送にかかる燃料、ポスタハーベストの危険性、
自然への負担、健康へのリスク、社会の構造の問題など
いろいろ、つながってもいます。

ある人の「食べる」は、いろんなところで、
いろんな人の人生に、地球環境に、大きく関わっていく。
食べるたびに、そのことを意識するのは、ムリだけど、
こんな風に、自然に取り込まれていたら、
とても、いいことだな、と思いました。

楽しく、おいしく、それでいて、土地にやさしい。
小値賀に行かなきゃ食べられないのですが、
こじこじぱんが、食べたくなります。

カンコロの島紀行7月 Goto Article July


大変、遅くなりました。
7月30日毎日新聞掲載のカンコロの島紀行の記事です。

「えん」の山村留学生たちの様子を、書かせてもらいました。
日々、むき出しの自然の中、体と心を、めいいっぱいひらいて、
体験を重ねる、都会から来た、少年少女。

それを、人として、向き合い、支える、小野さん夫婦。
留学生になるには、「自分のことは、自分でできること」
という条件があります。

小野さん夫婦に出会って、文句なしに、すごいな、と思うのは、
「思いを、行動で、一歩ずつ、実現していく姿」です。

完璧な理論も、素晴らしい理想像も、
言葉や、書物になったものは見かけるけど、
現実に存在しているのは、そうそう見かけることはありません。
小野さん達は、理屈を多く語りませんが、
生きる姿そのものが、理論なのだと感じます。

生きていると、「世の中のこれは、間違ってるな」
「この方がいいな」と思うことは、誰にでも、あると思います。

でも、それを、声にしたり、行動して、実現する人は少ない。
さらに、実践し続けることは、至難の技です。

島に行くと、そういう「生きる姿そのものが、何かを語っている」人に
多く出会います。

背筋がピンと伸びる瞬間です。

私たちは、日々、社会の中で、
「お前は、小さく、非力な存在だ」と
くり返し、刻み込まれ、

「なにも、変わらぬ」と
思い込み、
「なにも、行動しない」
存在になってしまってるのかもしれません。

たぶん、なにか、できるのです。
小野さんが、教えてくれたことです。

2019年9月8日

リトルアーティスト「Tシャツデザイナー」Little Artist "T-shirts design"

最初に、ファッションデザイナーの作品を見せた後、Tシャツ作りの手順を見せました。
 まずは、紙にデザイン。そして、それを、Tシャツに写していきます。
かわいいオリジナルキャラクターを描きます。
色を塗って、さらに箇所箇所、布を貼っていきます。
デザイン通りに、絵が入りました。
4歳さんの作品。オリジナルデザインが、キッチュでかわいい!
同じく、4歳さん。うさぎとかめの競争を、運動会のイメージで。袖にいれたネットがカラフル。私も欲しくなります。
5歳さん。本人さんみたいに、おしゃべりで元気な1枚。家族と大好きなものが、いっぱいの、楽しいTシャツになりました。
こちらは、年長さん。とても、マジックの色塗りのバランスがかっこいいです。虹の真ん中に入れたポンポンレースとか、屋根につけたボタンなど、センスが光りますね。
こちらは、お父さんサイズだったので、巨大なTシャツで、大変でしたが、アイデアいっぱいつかって、花と鳥を描きました。線が、オシャレでかわいいですね。
小1さん。自由に描いた絵に、自由に切り刻んだ布をランダムに貼っていきました。布を使った、バスキアの絵みたいですね。
女の子3人のTシャツにしました。布にするところ、塗りつぶすところ、など、丁寧に選んで、しっかり作業をしていました。女の子が描く世界観が、そのままTシャツになっていて、かわいいですね。
イカのキャラクターをTシャツに。大きさや色のバランスが、とても、楽しく、配置できました。着てくれるかな?
こちらは、小2の女の子。なんででしょう、アメリカのYMCAとかを思わせる、懐かしい雰囲気があります。個人的に、とても、好きです。
自分の力で、布を形通りに切り、貼り、そして、ボタン付けなども挑戦しました。とても、ていねいな作業工程を、ほぼ一人でやりきって、すごいと思いました。さわやかな作品です。
こちらは、夜と昼、そして、太陽から燦々と照りつける光を浴びて、土から、植物が生える様子を、一気に描きました。心の中に、こんな世界があったのだなあ、と、驚きました。哲学を思わせますね。
色が大好きな女の子。Tシャツをブロック分けして、キッチュな模様を描いていきました。白く残したところのバランスもよく、とても、オシャレに仕上がりました。

こちらは、Tシャツをカットして、白レースをつけて、大胆に変化させました。その一方で、色を白を基調にしたり、あえて、空間をしっかり残したりして、とても、クールに仕上げました。短くしたことで、パンツスタイルにとても、合います。
洋服といえば、しっかり、パターン通りに、切って、縫い合わせて、
複雑な行程を踏まないと、作れないと大人は知っていますが、
子どもも、そう思っています。

でも、実際には、もう少し、ファッションって、
遊び心があってもいいのかな、と思います。

そういう意味で、Tシャツをキャンバスに絵を描き、
布を色紙のように切ってはり、線を引くように、縫う。
それが、自分が着るお洋服になるというのは、貴重な体験だと思います。

お母さんたちが、お針子に徹して、かなり、大変そうでしたが、
できあがった時の、子ども達の笑顔、
そして、その後、試着してる姿に、報われたでしょうか。

お疲れ様でした!