2018年8月12日

白パンツ White Pants

盆休み初日、海に行く。
ナノカが、アンドンクラゲに刺された。
もう、帰ろうか、と車に行くと、車が開かない。
相方が、車の鍵を紛失した。
We went to the beach. Husband lost the key when we went home.
探し回るパパを、臨時駐車場の日陰で待つ。しばらくすると、海で冷えた体も、熱されてきた。In a while, we felt hot again.
とうとう、たまらず、海に戻る。それまで、気をつけていた日焼けに、無用心になりながら、結局、JAFが来るまで、遊んだ。We went back to the beach till Supporting company came. I got careless about sun burn.
家に帰ると、「ママ、さすがに、その日焼けまずいんじゃない?」という話に。慌てて、冷やす。「わたしも!」と言うナノカを押しのけて、冷やす。Then I got terrible sun burnt. I rushed to cool down the face pushing Nanoka away.
すると、ナノカに「あれ、ママ、白いパンツが見えたよ」と言われる。は?と聞き返すと、「そっか。そのパンツ履いてるから、いじわるなんだね」と言われた。日焼けの跡がくっきりすぎて、パンツみたいらしい、、、After that, she said, "Mom, you wore white pants" and added, "I see. That pants made you mean."
心が変わってしまう、ふしぎな白パンツですか、、、

しみじみ、口達者な娘よ。

2018年8月10日

祈りの日の1枚 Nagasaki Memorial day picture

On August 9, Nanoka had first Nagasaki Prey Day at the school.

When I picked her up at the after-school place, I asked what the day was like.
She explained what she learn.

It was some story about peace. Teacher show them some picture of bones after the bomb. She watched Video what happened on that day, etc.

After we went home, she asked me what I did during the day.
I said I watched the ceremony on TV-the Nagasaki city Mayer speech,
Survivor's speech, High school students talk, etc.

This made me realize what the world of the atomic bomb was like now:
Human were still under the danger of atomic bombs.
Some countries compete to make latest atomic bomb:
compact, easy to use, not to be broken by enemy then they can kill target more effectively.

It was big surprise for my daughter to know the atomic bomb
still expanding the world even we knew this made such a tragedy.
"Who has it?" She asked me.

I explained the Treaty to ban the atomic bomb was published last year
after big effort of many people,
but there are still so many countries not to sign for that.
I explained her Japan was one of them who did not sign.
It was shocking for her.
"Why?"

She said she wanted to see the church and Maria statue
burned by atomic bombs heat on the day.
I was surprised since she was very very scared of everything usually.
She even could not see battle scene of animations.
But she wanted to go to the place where the bomb was dropped
and she wanted to hear the words of survivors.

I did not notice how big her heart had grown up
to face on human being difficulty.
Which many of grown-ups try to ignore.

I found picture from her bag.
She drew while waiting for the meeting in the class.
Sun is big smile of a girl.
Kids bring hopes to the world.
Hope to the peace.

2018年8月9日

Nagasaki Memorial Day at School

August 9 is the day when the atomic bomb dropped on Nagasaki.

In Nagasaki, all the students go to the school even during the summer vacation,
to prey and study in order not to repeat this tragedy.
Kids listened to the survivor's experiences, saw the movies, talked about the day.

These study never leads to "curse" emotion to the kids but just they noticed the importance of the peace and just fear to the war and conflict.
This is the important moment of our prefecture.

Hopefully this preying time happens to all the schools over the world.
Imagine if this tragedy happens to your family, yourself, your precious person?
To feel the pain of body and heart who suffer from the bomb
makes the world change, I believe.

Regretfully even in Japan, people got to forget the day.
On TV, silly Boxing injustice news broadcasting all over.
I felt ashamed on the mass communication people's journalism spirit.
Thus, people forget how important to keep the peaceful days.

The atomic bombs photos, stories and experiences are so shocking
that I could not tell my daughter till now.
She was too young to accept the fact.
But she would learn more at the elementary school today.
We are going to talk about the war and peace.

There was so many radical dangerous ideas of young (and old) generations all over the world.
The important action is education:not making another minus emotion by cursing of the past but creating the peaceful future by learning the pain of the past.

This was the art I was hoping the peaceful future of all over the world.
The bridge in the picture was the first target of the atomic bomb.
It was the center of the Nagasaki city and it had been supposed to kill
more people by one bomb.
The bomb was dropped around the Urakami Church in fact and the bridge hadn't been broken down. Now it was the place for citizen and tourist to play in a peace.
Every time to see the smiles of the kids playing here, think about the preciousness of this peaceful moments.

2018年8月8日

まなぶ、は楽しいはず Enjoy study

ストローボールを、作る。
石けんで、すかしもじ。あ、出た!
おみくじを、作る。
ひやし中華、デザイン。きゅうりとトマトは、ナノカが細切りに。
こども劇場で、夕方にピクニック。猛暑日でも、この時間の海辺なら、外で遊べる。
カニとか、魚を見ている
猛暑の中、ナノカの、
「知りたい」「やりたい」「しゃべりたい」の3タイに
母の疲労がつのる。

そんな中、子どもの脳をめぐる書籍を読んでいた。
不登校の子の多くが、「なぜだろう」と感じる脳を持ってるという。
そういう子が、学校のシステムに応えようとした時、
脳がストレスを感じて、疲労がたまっていく。
そうして、子どもの脳は、疲れてしまうのだという。

ナノカが学校に上がって、
学校というところは、くり返しによる訓練と、記憶力の世界だな、
と、しみじみ、感じた。
(うちの学校が問題なわけではなく、一般的に)

1学期を終えてのナノカの感想は、
「なんでも、先生が決める」
「選べない」
「なぞってばかり」

本来は、知りたくて、やってみたくて、ワクワクしてて、
自主的に、実験したり、調べたり、体験したりが好きな、こども。
 
ちょっと付き合ってみると、わかるが、
「なぜだろう」「やってみたい」に付き合うのは、莫大な労力がいる。
今の学校現場に、これを求めるのは、難しいだろう。

でも、夏休みぐらい、自由にしては、ダメなんだろうか?

なつやすみのともに、毎日、決まりを守れたら、色を塗ろう、というページがあった。
わたし自身が、こうしたシステムが苦手なせいだろうか。
たくさんのプリント以上に、ストレスに感じる。

ナノカは、ずっと、塗り忘れていて、
でも、こうやって表になってると、
全部、塗りつぶさないといけないと感じるようで、
「やった」と言い張って、過去の分も、全部、塗りつぶそうとしていた。

「これは、目安。
全部、塗れてるのが、えらい訳じゃない。」
と、伝える。
そして、そのことで、一波乱あった。

適当に、塗って、提出すればいいのかもしれない。
(多くの人は、そうしてる?)
でも、そもそも、バケーションの期間、決まりを作って、
毎日、塗ります、ということに、
ナノカも、私も、同意してるわけじゃない。
スケジュールはイレギュラーで、できる日とできない日がある。
そもそも、目標を決めて、がんばるのは、
学校にチェックしてもらって、評価を受けないといけないのか?
忙しい毎日、色ぬりしなきゃいけないのだろうか?
というか、これ、まじめに、やってる人、いるんだろうか?
こういうことを言い出すと、モンスターペアレンツ、て言われちゃうんだろうか。

色ぬりは、やめた。
最後に、「出かけた日、忙しかった日以外は、ほとんど、できました。母」
と書いて、提出することにした。

2018年8月6日

夏休み講座「カンコロ餅のヒミツ」

8月4日(土)15:30より、
夏休み特別講座「カンコロ餅のヒミツ」を
佐世保市立図書館で、開催しました。

図書館という、特別な場所で、
かんころ餅という、郷土の食べ物が、取り上げられたこと、
大きな一歩だと感じました。

佐世保市図書館では、かんころ餅のことを、
「郷土資料」として扱ってくれています。
食べ物が、「文化」である、と捉えてくださってるのです。

子ども達が、真剣に聞いてくれたこと。
自分なりの意見を、出してくれたこと。
大人の人も、この講座に足を運んで、応援しようとしてくれていること。

これからのかんころ文化研究会の活動への勢いづけになりました。

ちょうど、この日、先日取材に伺った、県の害獣課の方から、
「わたしも、イノシシ対策がすこしでも、うまく運ぶよう、
せいいっぱい、勤めます」
と、応援メッセージを頂きました。

ひとつの食べ物が、食卓に届くまでには、本当に、
多くの人たちの、働きがあります。
さらに、さまざまな人が、人の暮らしや生活を支えようと
それぞれ、奮闘しています。

今まで、深く考えず、食べ物を口にしてきましたが、
かんころ餅に出会い、取材をしていくうちに、
たったひとつの食べ物が、
世界がつながり、人がつながり、
拡がっていくことを感じるようになりました。

なかなか、一地方のこうした問題を、中央へ届けるのは、
容易ではありません。
でも、感じたり、考えたりすることで、糸をほどくように、
漠然とした不安感を拭うこともできるのでは、とも感じます。

これからも、コツコツ、がんばっていきたいと思いました。

リトルアーティスト「ものがたりのえ」Art from books

それぞれ、ちがった本の絵を描いています。
本日は、中世の彩色本、ブリューゲル、ルドン、ロセッティ、クリムト、アンリルソー、ダリ、マグリットの作品を紹介しました。
それから、自分の選んだ本をイメージした絵のスケッチをしてから、仕上げました。
描きたいものが、決まりました。
「ちいさな きいろい かさ」より。「わたしも、かさをもって、いろんなどうぶつを、いれてあげるんだ」はっきりした生き生きしたラインと、鮮やかな色。楽しんで、描いている様子が、伝わってきます。
イッパイアッテナの強さを、大きさと表情で表す。オリジナルのキャラクターに書き換えてるところが、すばらしい。
「ルドルフとイッパイアッテナ」大胆な構成と、バックと猫の色遣いも、引き立っています。それぞれの表情も描き分けていて、とても、いいですね。
「あるかしら書店」感想画を描くには、非常に難しい本を選んだけど、「自分だけの、あったらいいな書店」を描くことで、表現しました。とっても、苦労して、本から、本がなる木の説明を、一枚にまとめました。色も、ラインワークも、すっきり、きれいですね。
「しばしとどめん、北斎羽衣」スケッチ。中2の作品。構成を何個も考えて、より効果的な場面を選んでいきます。資料も使って、仕上げる予定です。

番外編 ナノカ。かま猫をスケッチ。
「猫の事務所」ものすごく早く、ここまで描いた後、わがままモードに入り、戦線離脱。猫の表情が素晴らしいだけに、残念。
ものがたりの絵を描きました。

スケッチ→仕上げ、というシンプルな行程ですが、
そのことで、画用紙に本画を描くときに、大きな紙のスペースを
上手にコントロールできます。

なにを、このお話で描きたいのか、などを考えながら、
スケッチを進めましたが、
どの子も、本への愛情を感じる話をしてくれて、
そして、話すことで、頭を整理して、
本質を捉えた作品を、仕上げることができたと思います。

最近、気になるのは、教育現場や社会で、こうした子どもたちの作品を
大人の価値観、都合で評価してしまってるのではないか、ということです。

ダメだしを恐れて、筆が進まない子もいるようでした。
でも、いったい、どれだけの確信を持って、その大人は評価してるのでしょうか?

子どもたちには、そんな事を、気にしないで、
これからも、どんどん、描く喜び、課題へのワクワク感、
そして、時には、成長の苦しみも感じながら、
アートと長い付き合いをしていってほしいな、と思います。
まわりの評価(とくに、大人) なんて、無責任。
少しでも、子ども達の価値観と、自信を支えられる大人でありたいと思いました。

2018年8月3日

かんころの島紀行10 Goto Article 10


7月29日付の毎日新聞の記事です。
猛暑の中、ナノカを連れて、掲載紙を引き取りに行くことができず、
アップデートが遅くなって、すみません。

今回は、島の農業について、触れました。
と言っても、上五島は、傾斜面でできていて、
大規模な農業はできないため、専業の農家は存在しません。
島の畑は、基本的には、自分たちのため。その残りが、
おすそ分けになったり、直売所に並ぶものになったりします。

島の生活を支えてきた、
家の隣の畑を耕す、暮らし方。
それが、島の景観にもつながり、人同士のつながりにもなり、
また、島の人の食料も安定させてきました。

今、その暮らし方は、消えつつあります。
大型のスーパーが進出してきて、お金を出せば買えるようになる。
高齢化。人手不足。イノシシ問題。

こうした生産性が高いとは言えないビジネスは、
お金で換算すると、一見、不合理な経済活動。
机の上で議論すると、
「投資をしても、元が取れない」
と、なりがちです。

実際、国は、あるいは、日本のみなさんは、
こうした地方を、どうしたいのかな、と思うことがあります。
自己責任、競争力のある商品作り、などという言葉は、
とても、正しいように思えますが、そうやって、
ムダを削っていくと、残るのは、芯の部分だけ。

この連載を、最初に採用してくれた、毎日新聞の峰下元佐世保支局長の
信条は、「第一次産業でも、生活できるような、世の中にしたい」
でした。

私も、額に汗をして、実際に、ものを生産する人たちの地位が、
日本では、あまりに低いと感じます。
だれもが、その恩恵に預かり、その人たちの働きがなければ、
1日たりとも、食べていけないにも関わらず。

私は、長崎の、傾斜面の農地を訪れるたびに、
「人間って、すごいなあ。」
と思います。
でも、段々畑は、平野の大規模農地には太刀打ちできないし、
外国産の安さにも、かないません。
だから、手を打たず、競争させれば、きっと、消えていくのだろうな、と。

「なにがなんでも、絶対、守ってくれ」
という話ではありません。
ただ、みなさんは、どう、思われるのかな?と。
この国の未来を。地方の段々畑を。

そんな思いで、今回は、畑のお話を書きました。