2017年5月23日

根拠のない自信 She is now so independent

日曜日、世知原の古民家にて、イベント。屋外ライブを、楽しむナノカ。On Sunday, Nanoka enjoyed the live music at the country side. She pushed me away to be independent.
途中、一人で、屋内を走るナノカを見かけた。I saw her running in the house.
数分経っても、戻ってきていない。She did not come back to the place for a few minutes.
トイレの前に、人がいる。もしかして、、、I checked the toilet. People said, "Somebody's blocked inside."
力を入れると、扉が開いた。涙をためて、固まっているナノカ、発見。I opened the door and found Nanoka frozen quietly.
救出されてから、泣き出しました。She burst into crying after being saved.
年長に上がってから、万能感に溢れている。
 もはや、保育園には、彼女に指示してくるものは、おらず、
「私が、ルール」ぐらいの勢いなのだろう。

そもそも、根拠のない自信に、あふれているのは、
相方も同じで、
「なぜだかは、言えないけど、大丈夫だよ」というセリフを
何度、聞いたことだろう。
(大丈夫じゃなかったことだって、ある)

とにかく、自信が出てきて、
自分で判断して、自分で行動したいと思うのなら、
見守るしかないよなあ、と思って、放置してると、
たびたび、トラブルに巻き込まれてくる。

知らない場所で、自分でトイレに行き、
自分で鍵を閉めて、トイレを済ませた所までは、
がんばったんだもんね。えらい、えらい!
トラブルさえも、小気味よく思う。

トイレで、ふるえてるナノカを発見した時は、
正直、ちょっと、おもしろかった。
(思った通りの行動をして、思った通りのトラブルに巻き込まれてるのが
おもしろかった)
でも、本当の恐怖にさいなまれる前に、救出してやれて
よかったなあ、とも思えた。

よんぶらこ用カードキット Umbrella Card Kit

カサのシールカードキットUmbrella seal kit
ナノカとやりました played with Nanoka
中身は、お話作りながら、作ってました。She even made inside making stories.
6月6日、よんぶらこにて、お話会&ミニワークショップをします(要予約)
季節柄、カサのカードを用意しました。
カサに模様をつけたり、雨を降らせたり、自由に、完成させてもらおうと思います。

よんぶらこは、0〜2歳児とママの組み合わせが、ほとんど。
集団で、ハサミやノリは、難しいかな、と思い、シールカードにしました。
シールは、「つまむ」「はりつける」という作業になるので、
結構、指を使うんですよ。

ただ、本当は、
1歳代から、1対1で、お手伝いをすれば、ハサミも練習できます。
2歳なら、ヤマトのりも、使えます。

最近、ヤマトのりを
「気持ち悪い」と言って、触れない子がいます。
あるいは、高学年なのに、山のように、のりを塗っちゃう子もいます。

スティックのりとか、テープのりなど、便利なものがあるので、
事務作業をするぶんには、必要なく、
家庭から、ヤマトのりが消えちゃったんでしょうね。

でも、のりを、指で、適量乗せる、という感覚は、
他の、さまざまな作業の「適量」にも、つながっています。
デザインや建築の仕事に就こうと思えば、サンプルも作ります。
それは、たった一つの手作業。

これからの時代に、その作業に、のりを使うかどうかは、ともかくとして、
何事も、指や手で覚えた感覚というのは、一生もの。
子供だからこそ、触らせてあげたいな、と思います。
「イヤだから、使わない」は、大きくなってから、
自分で、選択することですもんね。

最後に、洗えばいいんですよ!
ヤマトのり、初期の頃。のり、てんこ盛りNanoka using glue paste for the first time at the age of two
数ヶ月後。適量を裏に塗って、貼ることが、すこしずつ、できるように。a few months later, she could apply proper amount of glue on the proper place.

2017年5月22日

朝から工作 Morning Crafts

土曜日、午前、「おゆまるがしたい」と言う。
朝ご飯の片付けも、これからの時に、言われると、
気が慌ただしくなる。
On Saturday morning, Nanoka said that she wanted to do OYUMARU,
the crafts to use plastic cray.
今週のおゆまる。ハートの指輪と四角(リカちゃんのかばんのベース?)はナノカ作 then we made these.
日曜日は、朝っぱらから、
ベランダで、相方が、自転車を修理している。
まだ、6時台だ。

朝ごはんを、食べ終わると、
今度は、ナノカが、プラ版がしたいと言う。
On Sunday morning, she said she wanted to make Plastic board crafts.
1年以上ぶりのプラ版。Draw on the plastic board and bake them to shrink down.
なかなか、よい出来です。Done.
日常の活動(家事、雑事)中に、「◯◯やりたい!」と言われると、
(最近、貧血に悩まされてることもあり) 
追い立てられる気分になることがある。
She always said when I was busy doing house staff.
I felt pressure.

体がキツい時、なんとか、日常は回そうと、
がんばって、起き上がる。働く。
でも、そこへ、プラスアルファの要求がくると、
なかなか、辛い。
「まだ、片付けてないよ。ちょっと、待っててよ!」と、
キツく返してしまった。
When I feel tired,
still I push myself to finish house work such as preparing dinner,
cleaning table etc, but it was tough to hear
"Mommy I want to play with this!"
at that time.
"Wait for cleaning up the table!"
I shouted back loudly,,,

まだ、自分で、道具を準備して、手順を追い製作し、片付けまで
完結することもないので、助けが全面的に必要。
だから、「やらせてあげたい」と「いや、今、ムリ」が
交錯する。
Kids cannot prepare by themselves, yet.
They need help to satisfy their demands.
I feel "I want to let her do"and "I cannot do more"
at the same time. And a bit in panic.

一方で、朝一番には、
折り紙で、ハートの杖を作っていた。
色、大きさの違うハートを、3つ作り、
棒部分もつけて、1から10まで、自分で準備、制作して、
できあがり品だけを、見せに来た。
そう、折り紙は、私から、完璧に卒業したのだ。
Early in the morning, Nanoka made heart shape stick
using three different size and color ORIGAMI.
All done by herself from beginning to the end.
Yes. Now she does not need any help to do ORIGAMI.

たぶん、あと少し、付き合ってたら、
今、手伝いを要求されている、さまざまな工作も、
自分で、机をきれいにして、道具を準備して、
手順に沿って、一人で、なんでも、やるようになるんだろう。
今だけのことなんだよな、と改めて、思い直す。
Probably she will graduate from my hand-to-hand
crafts very soon like ORIGAMI.
I just need one more patience
and try to be happy to help her little craftsmanship.

手間ひまかけた分、
今、若干、めんどうくさい状態になっているが、
さらに、時が経てば、自分の道具として、手や頭や体を
連動させて、生きていってくれることだろう。
私も、ガンバレ。

2017年5月19日

斜陽 Sunset industry

編集者さんとの会話。「女性誌、もう、終わったよね」「買うのは、小学生までだね」「中学生になると、スマホを持つから、インスタグラムがあるからいい、てなるんだよね」Editor"No magazine sells.""Only primary school kids bought fashion magazine. Others see Instagram"
「うちの姪っ子も、雑誌、重い、て言ってた」わたし「現代人の筋力が、また、落ちちゃうんじゃないですか〜」"My neath said, magazines are heavy to carry" I said, "Then human being lost more muscular."
「高校生の息子みたいに、片手で、スマホ、打てるようになりたいわ〜」わたし「腱鞘炎になりますよ!」Editor"My son looked down on me touching iphone panel with both hands. I want to use it by one hand." I said, "It will hurt your arm!"
「生まれた時から、スマホのある子たちは、それに合わせて発達するから、大丈夫よ。そのうち、親指が変化するんじゃない?」E"Well. Human being will enlarge their thumb to adjust for touching iphone panel soon." I "Like good swimmer develop their skin between fingers to crawl more water?"
出版は、消えゆく文化なのか、、、我が一家、全滅か?Publishing is banishing industry?
東京で編集者さんたちとした、「出版の今」の話が、シュールだった。
でも、半分笑えて、半分笑えない、わが家。
It was funny talk with editors.
But it was not only jokes for me.

「本を、読まない人、増えたよね〜」と、憂いていたうちは、
まだ、余裕があったのかもしれない。
今や、「まったく、読まない人」というのが、結構な割合になってきた。
絵本がまったく置かれていない家庭も、最初見た時はビックリしたけど、
今じゃ、どっちが多いのか、わからないかもしれない。
新聞、雑誌に関しては、もはや、買ってる人の方が、少ないだろう。
Last decades, we had said, "people don't read books!"
but we still do not take seriously.
Now "Non-reading"population is radically high.
I was surprised to see the home which does not have picture book at all
for the first time a few years ago,
but now I do not know if it is minor or major.

そうして、ふと気づいたら、「本を読む側」の人間がマイノリティになって、
「本を読まなくて、何がいけないの?」
「ていうか、どうして、本なんか、読んでるの?」
となり、ある日、「わ、本、読んでる。変なの」となるかもしれない。
One day I found "book reading people" becoming minority
then people said, "What's wrong about not reading books?"
then "What a hell are you reading books?"
then "Reading books? You are crazy!"

なのに、今も、本の新しい企画を立て、書いている私。
もはや、斜陽産業にしがみつく、頑固な職人の域か?
But I am still a book author and artist.
It will be stubborn craftsman or professor whom people laughed at?

まあ、でも、回り回って、必要なものは、必要な形で残る。
本の持つ「思慮深さ」 という側面は、デジタルのスピード感にはない。
ファストフードとスローフードが、求めるものが違うように、
その、バランスのよい所で、居場所がまた、定まるんだろう。
But actually some culture stayed after some declines.
"Thoughtfulness" the aspect of books, is different from
speed and accessible of digital information.
As first food are different from slow food,
there must be somewhere the book culture is needed.

娘よ。時代に乗って、バリバリ稼いでやれず、ゴメンよ。
そして、旧石器時代の文化で育ててしまって、ゴメンよ。
ただ、回り回って、化石的、骨董的価値が、君の中に生まれることを
祈ってやまない。
I felt sorry for my family that I cannot follow the main stream of time.
I felt sorry for my daughter to bring up under too classic style of culture.
I wish that she will get antique value in her inner culture.

2017年5月17日

あなた、自由ね〜 You are so wild

ピアノ教室では、楽譜を渡された途端、オリジナルメロディーで、歌いあげ At the piano lesson, she made song for lyric handed by teacher.
バレエでは、一瞬の空き時間に、フリーダンス At the ballet, she danced in free style during lessons
バスに乗れば、、、On the bus
私の買ってきたほうれん草に、穴を開けて、顔を作ってました。She made holes to make face with spinach I bought.
目下の悩みは、自分自身が、「口うるさい」ママになってしまってること、だ。
「気をつけて」
「危ないよ」
「よく、見て」
と、ずっと言っている気がする。
I am worried to be mommy who said too much.
"Be careful"
"Watch out"
"It's dangerous!"

そして、その度に、
「あ〜、わかってる」
「言わんで、いい」
と、返されている。
She answered,
"I know!"
"Don't say that!"

口うるさくすることで、
萎縮させてしまってないか、
自立を妨げてないか、
自由を奪ってないか、
と、心配なところだが、
実際のところは、正真正銘の自由人、なのだ。
Do I disturb her independency?
Do I stop her moving freely?
But actually she was super-free girl.

自由人で、危なっかしいから、口が出ちゃうのか、、、
Maybe she was such a free girl that I said too much warning,,,

わたしが、生きてきた上で、一番、
大切だったのが、「自由」だったし、
これからも、「自由」だけは、譲れないし、
だから、この人が「自由」であることは、私の誇りでもある。
I have thought highly freedom through my life
and I will keep freedom in any time
so I am proud of her free spirit.

他人に迷惑をかけない限り、「自由」に生きていってね。
ただし、ほうれん草は、ちょっと迷惑なので、辞めてもらいたい。
I want her to keep being free as long as she respect others.
Well spinach holes were not good though.

2017年5月16日

At 12 oclock in the midnight, she got appointment 真夜中の待ち合わせ

 Nanoka told me that she had appointment with God and fairies in the midnight.バスでの帰り道、夢の中で、神様と妖精と待ち合わせをしている話をし出した。
She had to travel there by train, plain, ship and bus.待ち合わせ場所に行くのに、電車、飛行機、船、バスを乗り継ぐらしい。「歩かなくていいんだよ!」と強調。
Then she would meet them at the castle in the kids world.で、お城のところで、待ち合わせらしい。こどもの国、にあるという(ピーターパンか?)。隣には、「おとなの国」もある。
"Mommy should come. You can play at Adults world next to kids one!" よどみなく、すらすらと、いくらでも、出てくるんだなあ〜
ファンタジーと現実が、まだ、分かれていない子供時代。
それは、なんでも起こりえて、なんでもできちゃう世界とを
行ったり、来たりできる
しあわせな、時間である。
Kids stayed at the world where the fantasy and reality got together.
They could go back and forth.
Such a happy time of the life.

うちのお嬢さんが、夜中に通っているという
世界の話を聞いてみたが、まあ、詐欺師のように、いくらでも、
話が湧き出てくる、湧き出てくる、、、
My daughter's story goes on and on.

それが、起こったような気がするだけで、
実際に起こったのの半分くらいは、
うれしい気持ちを味わってるんじゃないだろうか。
そりゃ、毎日、楽しかろうね〜。
By believing that happened to themselves,
they might feel half of the real experience.

アイスクリームでできた雲とか、半分は食べてるよ、きっと。
She must eat half of clouds made from Ice cream.

ドラマティック「せいめいのれきし」dramatic "Life Story"

When I read the book, Life Story, Haruto asked me to read funny.ご飯の待ち時間、絵本を読んであげようとすると、ハルトから「おもしろく、よんで」と、ムチャぶりされる。
I read it dramatically.私は、「イヤ」と言えない妹気質である。生命の歴史を、劇的な効果をつけて、読み上げる。
Kids laughed and glad to read by themselves. 大ウケした子供たちも、順番に、読むことに。
At the end, Nanoka did. Then I found her read even some Kanji, Chinese characters. Wow!そして、読み上げるナノカの後ろから、チェック。簡単な漢字もよんでました。知らなかった、、、
今年に入り、本を黙読出来るようになった。黙っていると、 読めているのか、適当に眺めているのか、
まったく、区別がつかない。
She started to read the book quiet at the beginning of this year.
I could not see if she could really read or not because of perfect silence.

時には、私の文庫本とかを、開いていることもある。
まあ、さすがに、読めてないだろう。
そんな感じで、放置してあった。
Sometimes she opened very thick book including adults ones.
Is she really reading or just watching?

「せいめいのれきし」音読大会が開かれ、
ナノカの番になったので、ふと、見ていると、
山、川、木、森、水、火、日、一二三、大きい、小さいなど
簡単な漢字を、ごくごく、当たり前のように、読んでいた。
When she read Life Story aloud,
I found her reading some of easy Kanji-I had never taught her.

好きこそ、ものの、なんちゃら、と言うが、
本が好き過ぎて、5歳で活字中毒になり、
経験値と想像力で、漢字を読んでいる様子に、
おそるべし、子供、
と思った。
She learned from her reading experiences and
sometimes with imaginations.
Kids are amazing.

まあ、叱りつけながら、漢字のドリルをやらせなくても、
小学校に上がって、しばらくは、大丈夫かなあ。
(逆に、ドリルをやれないタイプだろうか、、、
私は、そうだった、、、)
So she does not need to have hard time
at the elementary school's Japanese class next year?
Or she just hate to study repeatingly writing down?