2019年10月17日

こうばる探検隊 番外編 Nature Study at Koubaru

We would have one day nature study at beach that connected to Ishiki River.
来週22日、こうばる探検隊の番外編で、大村湾に行きます。

「水のうごき」というのは、科学の本で読んで、
それほど、科学少女ではなかった私でも、頭で、知っていました。

雨が山に降り、川が流れ、海に注ぎ、また、雲になる。

それが、こうばる地区の話になると、

虚空蔵山に降った雨が、木のある森の地下を通って、
石木川となり、川棚川になり、大村湾に注ぐ。

となっている訳です。なんだか、身近に感じます。

通ううち、いろんな人に話を聞きました。

生きものたちは、その水の道を通って
稚魚を上流で育てたり、汽水域で子育てしたり、
さまざまな営みを、行っている。

さらに、人は、
上流のきれいな水を飲んだり、稲を育てたり、
大村湾で魚を取ったり、
穏やかな海で育つ、海藻を採ったりしている。
人の営みも、そこに、寄り添うように、やってきた。

ダムは、この「川」をせき止めることで、作られます。
流れに、断絶が起きます。

まず、上流の岩場にいる生き物が、死滅するのは、
明らかですが、
実は、それ以外にも、溜められた水は、よどみ、藻が生えて、
清流とは言い難いものになり、それが、大村湾に注ぐことで、
大村湾への影響は、大きなものとなります。

稚魚が育つ環境がなくなり、海藻も食べられないレベルのものに
なっていく。

「頭」では、知っていた「科学」の知識でしたが、
そんな簡単な、海と川の関係を、
私は、この年齢になって、実際の場所を知り、水を触り、
生き物を見て、はじめて、実感することになりました。

世の中には、私よりも、知識が多く、頭の回転も早く、
ちゃちゃっと、計算できる人が、ゴマンといる事は、まちがいないでしょう。
社会的な地位もあって、決定権を持ち、結論を出す。
でも、その人たちの計算、結論、
じつは、この「実感」が足りないということは、ないでしょうか?

その「実感」を持つ人を増やしたい。
そんな理由で、こうばる探検隊を続けてきました。

じつは、すこし、人の意識が、変わってきているのを、
最近、感じます。

とにかく、この日は、いい1日を過ごして、
子ども達と、大きな視点で、自然を感じて来たいな、と思います。

Water was rounding, from rain on the mountain, becoming river and ran to the ocean.
That was basic science knowledge and I of course knew since I was a child.

But after I started to visit Koubaru village, where the dam is planned to construct, I learnt the water round much more realistic point of view: the small river will go to the Omura ocean, very closed ocean.
Not only small creatures unique to the narrow river would die, but also the calm ocean would change drastic way and fish won't lay the eggs since beach would be changed. As a result, big fish would lose their birth place, then they would disappear gradually.

Many well trained, clever people can calculate with lots of knowledge, but they do not go and feel the reality: so they just calculate how much they are going to make money using documents.

It is time to learn from the real. We miss the various points of view if just judging from the papers on the table.

We invite families to just look at the place and touch the lives and feel the nature.
It will give them idea of choosing what kind of future they wish.

2019年10月11日

島じかん Busy Islander

斑島にて。カマスの干物。Drying the fish in Madara Island
漁師さんが、そのお父さんから引き継いだ編み方の背負い紐。ものすごい手間をかけている。Hand made belt-he said nobody could make this anymore.
漁師町の路地をゆく、おばちゃんOld lady walked in the alley.
小値賀に行ってきた。
I visited Ojika Island.

取材費がない中で、島に行ったら、記事何本分かの取材をしなくては、との
ミッションもあり、気ぜわしい所もあるのだけど、
人に会い、現地の空気を吸うと、
やはり、行かなきゃ、書けないなあ、とも思う。
I got no money for travel, so I could only visit limited times to research.
This time, I met three people to write three articles.
Still I really felt it important to visit real place, meet real person and feel the air.

今回も、3本分の取材をしたが、
いずれも、現代のあり方を考えさせられた。

都会の人は、「田舎は、のんびりしている」
と思ってる人も多いかもしれないが、
島の人も、実は、いつも、忙しそうだ。
People said, "Country people are slow."
but actually islanders are always busy.

畑仕事や、家のメンテナンス、
近所の行事のお手伝いから、家族の世話など、
次から次へと、することが、待っていて、
どれも、なかなか、時間を取られるからだ。
They have much things to do:
farming, mentain the house, help the relatives,
prepare the festival.

ただ、忙しさの本質が、都会とは、違う。
"Busy in island" is different from "busy in the city"

今回、海外から、小値賀に来て、滞在している人たちと
話をする機会があったが、
オーストラリアから来ている女性が、
うまく、東京と島の違いを、表現していた。
The woman from Australia explain the difference
very well.

「東京の人も、親切で、困っていたら、いろいろ、手伝ってくれた。
でも、みんな、とにかく、先を急いでいた。
だから、おしゃべりや、ちょっとした会話を続けるのは、できなかった。
島の人は、立ち止まったら、おしゃべりする時間がある。
英語は通じなくても、それが、とても、楽しい」
People in Tokyo are kindly helping me
but I see them in a harry, so I had no chance to have a chat.
Islanders stopped and talked to me even they could not speak English.

やっぱり、島の人は、「時間」があるからじゃないの?
と思うかもしれない。
でも、どちらかというと、立ち止まって、おしゃべりをしても、
次の用事を後回しにしたり、作業を次の日に回したり、と
時間配分を、自分で決められる、「自由」がある、
というのが、真実かな、と思った。
You might think, "See? Islanders have more time than city people"
but I want to say, they have freedom to put their business
later or change the schedule by themselves.

都会は、時間で回っている。
この時間まで働き、この時間の電車に乗り、この締め切りまでに提出する。
終われば、休日が来て、自由時間がやってくるが、
とにかく、この時間に行かねば、ここまでに提出せねば、が決まっていて、
旅人と、しばしのおしゃべりをしたり、
友人のSOSに、すぐさま、飛んでいったり、
という、融通は、あまり、利かないのだろうな、と思った。
The city is operated by the time base:
Work from this time to that time, take this time train, and finish the work
until this due. When you finish the work, you would get "free time"
but when you are in the working time, you do not have freedom
to enjoy the chatting with travelers next to your seat.

時間とお金は、計算しやすく、社会を回していく上で、
便利な概念で、公平性も保ちやすい。
でも、一方で、とても、機械的で、無機質でもある。
割り切って、うまく、それに乗っている時は、
人は心地よく、動けて、なにも問題を感じないが、
一度、自分のリズムと合わなくなると、
そこに所属しているだけで、どんどん、調子が悪くなる。
それが、いろいろな、現代の病気の原因じゃないかと思う。
Time and money are very convenient concept
in order to make the society work, at the same time,
they are very mechanical and inorganic.
When you are in a good condition, you are comfortable
working in this systematic society, but once you have
some trouble fitting the system, you are getting worse and worse.

私は、たまに、次に、どんな社会がやってくるのか、
想像してみる。
よく、頭の良さそうな人たちが、「こんな仕事はなくなる」とか
「好きなことを、やればいい」と言ってるのも聞くけど、
合ってる部分もあるだろうけど、どうかなあ、と思う部分もある。
Sometime, I imagine what kind of the society coming next.
Some clever people said,
"This kind of works will disappear"
"You can only do whatever you like in the coming future"
but I felt some points might be true, but other points are question.

生産現場に近い、島やら、地方なんかを回ってると、
「でも、この作業は、ぜったい、誰か人間がしないといけないのでは?」
とか、
「地球環境に、悪いよね?そのやり方」
とか、
「そもそも、それを、人が望んでいるのか?」
とか、考えちゃうのだ。
I walked around islands or some rural area
close to producing farm, factories,
and feel, "still some work should be done by human being by hands"
"This automatizing is bad for the Earth"
"Is it really people wishing?"

今回、すべての道具を、自分たちの手で作っていた、
島の昔の暮らしを知る人と会ったが、
その人が、今、一番、したいことは、
「自分の親たちがやっていた、あの、手作りの道具を
もう一度、自分の手でも、作ってみたい」
だと聞いて、人間の本質を、見た気がした。
I met an old man who was the last immigrants from
abandon island and he told me that what he wanted to do now
was making tools that his parents used to handmade by themselves.

確かに、ものすごく美しい網目の縄を見て、
ただ、尊敬の念しか、生まれなかった。
The handmade tools are just beautiful and
I just felt respect to who made them.

学者さんや、ベンチャー起業家や、政治家やらが
これからの社会の話をする。
でも、あんまり尊敬できない人の未来予想図を聞いてると、
それを、正解だと信じたくない、自分がいる。

自分なりに未来を想像するのは、自由だ。
守りたいものを、守り通すのも、自由である。
時間の配分も、なにを糧にするかも、自由。
なにに価値を感じるかも、自由だ。

一人で、島の風に吹かれたら、
そのことを、思い出させられた。
当たり前のことなのだけど。
Visiting Ojika, stand in the wind of island,
reminded me that I have freedom to imagine the future
from my point of view, not some scholar or venture president said.
I also have freedom to keep what I want to keep,
to use time for what I feel important,
and to evaluate things in my own heart.

2019年10月6日

リトルアーティスト「モンスターをかこう」Little Artist "Monsters"

私の、コレクションの中から、パーツを探す They looked for the papers
切って、貼って cut and paste
それを、自分の線で、描き直していきます。then drew from them
なんだか、おおらかなきもちになる、モンスター Friendly monster
戦士?いい勢いで、ばんばんと組み合わせていき、Worrier?
塗り込みました。おもしろい!good drawing!
コンテで、世界観をかきこみました。シュールなストーリーが、できあがってそう!unique world.
うすい水彩を背景に足して、線画を生かしました。もはや、現代アート!Very artistic!
ひとつひとつの、キャラクターが、ていねいに、あたたかいラインで描かれてます。どれも、ゆるキャラ以上の、ゆるさ!Each has very relaxing atmosphere.
こちらは、5歳の子の作品。初めての木炭に四苦八苦しながらも、がんばって、描きました。コラージュも、ひとつひとつ、選び方がいい感じだね。Youngest girl's work. She concentrated on the work and finished till the end. Good work!
魚を分割して、真ん中に、人の骨を入れて、小さな人たちをいっぱい加えました。木炭の使い方は、とっても、濃くて、迫力があって、よかったね。very funny combination, fish and human being bones. I liked the strong bold line.
優しい線とトーンで描かれた、スフィンクス?この生き物が、悪者なのか、正義の味方なのか、まったく、想像がつきません。たぶん、ただ、そこにいるんでしょう。脱力感が、たまりません。Soft lines and pale grey tone made this picture special. Sphinx? I have no idea this guy is good one or bad one. Fun.
おしゃれなコラージュが、自分の線で描いたら、とても、かわいらしい世界に。極楽浄土のおとぎ話みたい?掛け軸にしたら、すてきだろうな。Stylish collage and charming drawing. It looks like a Paradise.
こまかく、いろんなパーツを組み合わせた、コラージュ。狛犬を散歩させてる異形の神様?おもしろいストーリーが、浮かんできます。Lots of parts from different papers made funny story. God tried to take a dog for a walk?
こちらは、ビッグさん。木炭のトーンを、うまく使い込んで、劇的な雰囲気が出ています。かなり、気味悪い感じで、いいです。 Grownup draw very well and made creepy atmosphere. Some white high lighting worked effectively.
このモンスターを描こう、は、3度目の開催ですが、
いつやっても、スタートは、ものすごく、ワクワクで始まります。

いつもは、既存のキャラクターや、自分のいつものパターンに
引きずられがちな「モンスター」も、
こうして、切り貼りを楽しんで、作っていくと、まったく、
新しいものを、作り出すことができます。

さらに、それを、
自分自身の線で描くことで、自分の世界観に引き込むことができます。

絵を描くのが好きな子は、
すでに、自分のスタイルがあるがゆえに、新しい絵をなかなか
描き出せなかったりするのですが、
今日は、みんなの、いつもと違う発想や、スタイルが見れて、
とても、楽しかったです。

2019年10月2日

カンコロの島紀行2−12「野崎島」 Goto Article, Nozaki

24th article about Goto islands. This issue is about Nozaki island-where many hidden Christianities lived before, but now it is uninhabited island.

I visited last winter to search for the future of many islands which reducing population radically.
カンコロの島紀行の2年目、最後の記事が出ました。

かつて、多くの潜伏キリシタンが暮らし、
今は、無人島となっている、野崎島を訪れた時のことを書きました。

2年以上、かんころ餅のルーツを追いかけて、
たくさん資料も読みましたが、
足を運ぶことでしか、得られない、臨場感、があります。

舟森集落の坂道を歩き、
急な斜面で暮らすことの厳しさを実感し、
また、石で囲んで作った、小さな敷地を見て、
そこを耕して、芋を育てた生活を、想像しました。

同じように、
旅行のツアーで、人に連れられて、ついて回るだけでは
理解できない、人の感情や歴史があります。
米の作れない土地で、なんとか食べ物を確保していた事や、
信仰のあり方、歴史などを知って、訪れたら、感慨もひとしおでしょう。

野崎島訪問は、
多くの過疎地の、考えられる未来、の姿でもあり、
その原因や、そうならない未来を探る旅でもあります。
もちろん、答えは、簡単に見つかるものではありませんが。

この野崎島を訪問した後、最後の移住者の方とお会いすることができました。
来週、その方と、もう一度お会いして、
ゆっくり、お話をしてこようと思っています。
次回の記事は、その方を特集しようと思っています。

次回、、、そう、この「カンコロの島紀行」
なんと、3年目も続くことになりました!!!

かんころ餅の現状は、厳しさを増していくばかりですが、
今思えば、2年前に、取材を始めておいて、よかったと思います。
だんだんと、文化、風景、が消えていく中、
それが、人の営みの中に、はっきりとある姿を、捉えることができたからです。

個人で、できる範囲の、取材の中、それでも、
あるがままの姿を、地道に残せたことを、財産だと感じています。

3年目、さらに、いろいろな人に出会い、
過去、現在、未来の姿を探り、
絵本にまとめる時の、背景として、取り込んでいけたらと思います。

どうぞ、これからも、いろいろな場所にお邪魔して、
いろいろなお話を伺ったり、体験させてもらったりと、
ご迷惑をおかけするかと思いますが、
ご協力、いただけたら、光栄です。
This is the 24th article, the last one of 2nd year,
but Mainichi Times offered me to keep writing next year,
so I would keep visiting Goto and writing about them
relating to this unique food, Kankoromochi,
which allow the Hidden Christians to survive after immigrant
to the very difficult land of islands.

2019年10月1日

令和のききんと、一揆 Tax and Foolen Japanese

ナノカは、イギリス目指して、紙を切る She cut the paper
手作業 コツコツと and put decorations on each
たくさん、できた!to make lots of Christmas Cards.
消費税が上がった。
そして、民衆は、淡々と、受け入れた。

前回の消費税、全部、社会保障に使われる約束だったのに、
16パーセントしか、約束通りに使わなかった。
また、上がっちゃって、それで、いいの?

日本人って、従順だ。

子どもの7人に1人が、相対的貧困にあるのは、自己責任?
この割合になってくると、国の失策か、
国の全体の力が落ちていて、支えきれてないからでは?

江戸時代に、ききんがあれば、働いて、米を作って、
国を支えていた、民衆が、死ぬ。
死ぬのは、将軍でも、大奥でも、越後屋でもない。


今も同じなんじゃない?

最近、日本の教育に興味があって、何冊か、本を読んでいる。

日本の教育制度は、明治時代に、
勤勉で、従順で、優秀な、労働者たる国民を
大量生産するために、作られた、「富国強兵」時代のもの。

それは、高度経済成長時代に、安価な労働力を大量に提供して、
一時期、日本を支えた。

でも、ただ、目的に向かって邁進する、
均一の集団は、変化だらけの、今の時代には、そぐわない。
日本は、世界経済の中で、負け戦を続けている。

縮小していく、経済の中の、小さな氷山の上を目指して、
みんなが、競争している。
氷山の一番上に乗っていれば、生き残れるかも?
下の7分の1は、まず、沈んでしまっても、仕方ないよねー?

ナノカが公立小学校に通い始めた時、
あまりの古い考え方に、あれこれ、疑問に感じた。
ナノカも、いちいち、いろんな所で、つまづいて、引っかかった。

今思うと、ナノカは、すこし繊細過ぎるところがあるのかもしれない。
でも、繊細な子は、まあまあな割合でいる。
それらの感覚が、将来、生み出すものも、いろいろとある。

学校のシステムは、まっすぐに進む、ミスの少ない、勤勉な
国民を作るためには、そうした繊細さは、切り捨てても
仕方のない要素なのだよ、と言っているように感じた。

でも、大量の勤勉なワーカーだけでは、
日本は、先細りしていくだけでは?

時代にそぐわない、意味のない鈍さを求められて、
(鈍感力とは、言うけれど)
能力を伸ばせないで、縮こまって、
輝きを失う子がいる。

教育って、何なんだろう?

私は、すこしだけ、造形を教えたりして、子ども達と出会うけれど、
その頃の彼らは、本当に、それぞれが、それぞれの輝きを放ち、
可能性の塊みたいに、感じて、まぶしい。

これらを、のびやかに、成長させていくことが、教育では?

理由のわからない「しかたない」だらけの世の中で、
それに、染まっちまわないよう、まっすぐ立って、
子どもたちの背中を押し続けたいと思う。

2019年9月28日

カフェアーティスト第2弾 Cafe Artist 2

2回目の小学5年生の作品。だいぶ、ペンの扱いに慣れてきました。短いストロークの線で描く、やさしい雰囲気の絵です。5th grade girl. Short stroke line made her warm atmosphere picture.
ビッグさんの作品。愛読書「モモ」の一場面を、イラストに。髪の毛やだぶだぶの服、そして、やわらかそうなほっぺた。世界観を、背景も加えながら、描きあげています。Grownup drew her favorite book, Momo, in her way. It was difficult to make illustration in one's imagination, but she succeeded it.
ビッグさん。大好きなペンギンを初めてのペン画で、しっかり描き上げました。氷の冷たさと、子ペンギンのふわふわ感の対比などを、線のみで、しっかりと描き分けました。Other grown up drew little penguin on the ice. She drew softness of feather and coldness of ice with one pen.
カバ。全体が、グレーの動物を、線の重ねのみで、作り上げていきました。とても、ていねいに、濃いところ、薄いところを、バランスをとりながら、仕上げました。しっかり、真面目に描き込んだゆえの、ユーモアがたまらないです。Another grown up drew hippo. Serious approach made humor. Very good balance of light and darkness.
2回目の中学生。今回は、トーンの理解と、全身のバランスを取ることを課題にしました。毎回、新しい課題にチャレンジするので、四苦八苦する面もあるのですが、毎回、その課題を身につけて、上達していってます。7th grade tried to work on her own assignment. This time, she tried to understand the tones and catch the good balance of figure.
カフェゆいまーるさんでの、2回目のペン画講座。
街中のカフェ、という落ち着いた雰囲気の中、
黙々と線画を描くというのは、なかなか、心地よいようで、
とても、楽しく、それでいて、よい集中力で、できあがっていました。

また、やりたいと思うので、
興味のある方、2回目、3回目と、続けたい方は、どうぞ。

2019年9月27日

変われない? No Change!



 Nanoka's summer project last year-plastic on the beach.
去年のナノカの夏休みの自由研究。
海水浴に行った海で、ゴミを拾い、プラスチックごみの多さを体感した。

この研究は、1日だけ体育館の壁に貼られて、そのまま、返ってきた。
特にコメントもなく、「こんな風に、次は取り組んでみたら?」のアドバイスもなく、
ただ、ふつうに返却されて、終わった。

たくさんの児童がいて、それぞれにコメントをするのも
大変だし、当時は、「そんなものだよね」と思ったけれど、
「もう少し、子どもの熱意や気持ちを、
受け止めて、方向付けして欲しいな」とも、思ったのが正直なところ。

子どもの、研究心や、正義感、疑問、
といったものの行き先が、ないように感じた。
(各ご家庭で、やってね、て事なんでしょうが)

よく、大人から聞くのは、
「そんな事を、学校に求めるのは、甘え」
「自分たちの時代なんて、なにも、なかった」
「教師に、叩かれたけど、立派に育った」
というような、「昔より、マシ」だから「変化、不要」論だ。

でも、昔がもっとひどかったからって、
今、変わらなくていい理由になるのかな。
求められるものも、生き方も変わっていくのに、

世界で、子どもがさまざまな発言をしているが、
「真実をついている」
ことが、多いと思う。
それに対し、
大人は、「変われない」と言うのみ。
でも、どの話も、言い訳ばかりに感じる。

子どもの「変えたい」気持ちは、尊重してやってほしい。
未熟かもしれない。粗もあるだろう。
でも、頭ごなしに、批判して、何になる?

知恵や、知識や、技術を持っている大人が、
力を合わせて、次の世代のサポートをしてあげたら、
「変わる」かもしれない。

ニューヨークにいた時、
カフェでたまたま隣に座ったおば様と仲良くなり、
お話ししてたら、「うちね、あそこの公園の掃除を、
毎週、土曜日の朝にしてるのよ」と教えてくれた。
おば様は、夫婦で、思いつきで掃除をし始めたのだけど、
そうしたら、声をかけてきた若者が、加わり、
次々と人が集まり、今では、結構な集まりになってる、
と言っていた。
そして「楽しいのよ」と、笑った。

行動は、一人の思いつきから生まれ、
その変化がよいと感じる人につながり、
素直に反応が広がり、世界は変わっていく。

ニューヨークの子達は、大人のその姿を見て、
「行動するって、いい事なんだ」と育ったんだな、て思った。

うちの子も、そう、育って欲しい。
すべての子にも、そう、信じさせてあげたい。

君が疑問に思って、調べたことは、価値がある。
その姿勢は、とても、尊い。
ずっと、その気持ちを持って、社会を作っていってね。

学校は、そう言ってあげられる場所で、あって欲しい。