2017年11月7日

渋柿 Dried Perssimon

柿の皮むき Peeling the skin of persimmons
煮沸消毒 put into the boiling water
木風の森 Woods for Kids free space
ここ数ヶ月、たびたび、落ち込んでいた。

「取材を敢行するための、資金をなんとか、しないといけない」
と、方々、売り込んではみるものの、
「じゃあ、お金を出しましょう」
「うちでも、掲載を」という話は、
簡単には、出てこない。

わが家の経済状態は、あまりよくなく、
なんとかしようと、動く。
でも、動いた分だけ、無反応に、心が折れる。
落ち込むと、家族に、さらに、迷惑がかかる。

さらに、なぜか、自分のところに、
「お金はないけれど、意義があること」が集まってくる。
でも、そうした案件を、何個も抱える気力がない。
家族でも話し合い、お金のことを考え続け、
そして、断念することが、多かった。

無力感に襲われかけてたところに、
記事を送った、旧知の編集さんから、反応が返ってきた。

「かんころが、こんな危機にあったなんて、知らなかったです!」
「島のこと、知りたいです。楽しみです。」

すこし、ホッとした。
 
世の中、インパクトが大きいものに、注目が集まる。
人が集まり、お金が大きく動き、そこに、さらに、人が集まる。
一方、動きが小さいものは、ビジネスでは、切り捨てられる。

新聞も売れない。
自分の足で歩き回り、資料を読み漁り、
書かれて来た、プロの記事が、
他人の書いたものや、調べたものを、つぎはぎしたような
ネットニュースにかき消されてしまう。
「ひろく、正確に、社会を知りたい」人の数が、少数派になったのか。

そういえば、先日、編集部を訪れた時、
「小説家が、経費節減で旅費が下りず、
グーグルマップで見て、書いてもらった」と言っていた。
デジタルの経験が、文章になり、それを、読んでいるのか!と衝撃だった。

電気信号で、情報を入れて、計算して、
「その状況からは、これが、正解です」
 では、もれ落ちる、人、それぞれの感覚。

ここ「平均値」だから、正しい、
これ「無駄」だから、削減、
で、いいんだろうか?


連休、最終日、雑木林を、子どもの遊び場にしている木風の森に、足を運んだ。

山の斜面は、ズルズルと崩れ、それを登ろうとする時、
とっさに、どこを掴んで、どこに次に足を置くのか、
判断の連続になる。

そもそも、人が長いこと、やってきたこと。
五感を使って、体と心に体験させ、
それぞれが作った、感性、個性。

わたしにも、曲がりなりにも、そうやって作った、個性と感性があり、
それが、「やろう」と言っている。
意味があるのか、ないのか、と言ったら、私の中では、あるのだ。
がんばって、進んでいくしかない。

娘にも、平均値が正解で、
無駄なく、効率良く、生きろ、とは言いたくない。
計算高くなったところで、人間は、それほど、単純ではない。
それで、幸せになれるわけじゃない。

渋柿を買ってきた。
娘は、ぎこちない手で、皮むきをする。
あと一歩で、ザクッといきそうなところを
なんとか、むいていく。
柿が重くて、手が疲れる、と文句を言う。
手についた、シブ。ペトペト、イガイガも、気持ち悪い。

そう、それが、シブ。
水分が抜けると、この重さが、シワシワのちっちゃな
干し柿になる。
それは、図鑑を見れば、載ってるかもしれない。
知らなくても、お金を払えば、簡単に買える。
でも、感じて欲しかった。
 
島のことも、食べ物のことも、いろんな人に、感じて欲しい。
自分も肌で、感じたい。

明日から、延期していた取材に、いってきます。

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