2017年8月14日

なぜ登る?そこに、スッパイマンがあるから Climbing up the mountain

朝7時半、水を補給して、いざ、出発
あんなに張り切ってたのに、ものの15分で、グズグズに。
行動食で釣って、励まして、なんとか坊ガツル到着。
ゴールが見えて、達成感。
今回は、テントの隣に、、
年の近い女の子がいて、友達になって、楽しそう!
1日目夕食はパスタ。
お花遊び。
蕗の葉で帽子。
2日目は、平家岳登山
こんなのがあったので、挑戦。
山での行動は、一つ一つ、勉強になります。
自分たちが泊まっていたテントが見えます。なんて、遠くまで、歩いたんだろう。
急斜面を、自分の力で、登ります。
2日目、昼はインスタントラーメンを、山の頂上で
3日目、下山します。

無事、下山。また、ひとつ、たくましくなったかな。
今年も、2泊3日で、山登りしてきた。
テントを持って、去年と同じ、法華院山荘の脇に泊まった。
2泊なので、合計6食分の食事と、行動食を持って行く。

山に登ると、1年分の不摂生が一気に精算されるような錯覚がある。
運動量も、さることながら、
自分の体で、地球の重力を感じて、
ある意味、命を、リスクにかけることで、
野生の勘、みたいなものを、リハビリしてるような感覚だ。

正直、ああ、ここ落ちたら、命落とすな、
という急斜面を、子供と登って行くのは、母としては、しんどい。
慎重に、ひとつひとつ、登っているけれど、
万が一を考えると、気が気でない。
人によっては、「なんで、そんなこと、してるの?」と思うだろう。

体を使ってしか、覚えられないもの、感じられない感覚がある。

わたしは、口やかましい母親だなあ、と
時に、自分が嫌になるのだが、
膝の曲げ方、転びそうになった時の、体の使い方。
グラグラする足元の処理の仕方。
そんなの、言葉じゃ、伝わらない。

この3日間、彼女は、
どんなに不平を言おうが、泣こうが、
自分の体を自分の足で運ばないといけなかった。
結局、泥だらけになり、転び、そして、覚える。

気を抜いたり、ふざけたりしたら、危険が伴う、真剣勝負の中で、自分の大きさ分の
自己責任を味わう。

山登りでは、自分の身を守る、テントも、食料も、燃料も
カッパや、絆創膏、すべて、リュックに入れて、移動する。
緊急時しか必要ではないものも、万が一のために、持ち歩く。

当たり前だけど、コンビニどころか、飲み水すら、手に入らない状況になる。
その「いつでも、手に入る」から、寸断されるというのは、
現代で、便利な生活に慣れきっている、わたし達には、緊張感のある時間だ。

父はテントを運び
母は食料を運んだ。
そして、娘は、自分の体と、自分を励ますお菓子を運んだ。
運んだ分だけで、「生きる」。
今年は、3日間。

達成感と、筋肉痛のみが残る、名残惜しい夏休み。

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