2019年9月25日

あそびの王様 Play!

水路をつないでいく constructing the canals together
水源の管理係 mentain the water supply
ナノカとお友達が、砂場で遊び始めた。

しばらくすると、その場にいた、初めて会った子ども達も、加わり、
大きな、水路を、完成させた。

最初は、それぞれが、水を貯めたり、
穴を掘ったりしてたのに、
それは、つながっていき、
途中から、道具を融通し合ったり、
声を掛け合ったりと、水の流れを管理して、
それは、それは、見事な連携プレーとなっていった。

ただ、ぼーっとその様子を見ていて、
「遊ぶ」って、クリエイティブで、
協調性も必要で、
素晴らしいものだなあ、と実感した。

人間っていいな、とすら、思った。

「サルの子どもは、じゃれあって、虫や花にも興味深々だけど、
大人のサルは、自分に関係のないものには、興味も示さない」
と、ニホンザルの本に書いてあった。

子ザルは、遊びの中で、何が必要か、学ぶ。
一方、大人のサルになると、食べ物とか、縄張りとか、
実質的なもの以外には、見向きもしなくなる。
生きるためのノウハウを身につけたら、
ただ、必死で生きていく事に集中しなきゃいけない。

子どもの生活の中から、
大人の視点で、ムダを省いていくと、遊びは消える。

遊びがないと、そこで得られるはずだった経験を、
学びそびれたままになっていってしまう。

ふと、山のように、遊んだ記憶が、
思い出の中から、湧き上がってくる。
日が暮れるまで、裏山で、粘土掘って、
隠れ家作って、遊び倒してた。

大人になって、
自分が、いかに、遊びに集中できなくなってるか、
実感した。
あやとりにも、しりとりにも、おにごっこにも、
「仕方なく、つきあう」ことは、あるけれど、
何時間も、やり続けるなんて、とてもじゃないけど、できない。

大人の、用意した、1日なんて、
遊びが全然足りなくて、
ちっとも、おもしろくない。

小学校から、思春期に至る、さまざまな問題は、
大人のあさはかな計算と、あさはかな考えを、押し付けられた
ムリのある、子ども時代のひずみに思えてしまう。

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