2021年6月2日

かんころの島紀行5月号 Goto Article May

 

 

 かんころ餅は、子育てに似ている。

 畑を耕して、イモを作り、切って、ゆでて、干して、と淡々と1年を通して、作られていく。手間と時間が、費やされる。その、どこかの工程を簡略化できないかと思うが、自分の畑で作らないで芋を運んでくると、輸送費がかかるし、安全なサツマイモとは言えない。手作業のカンコロ干しを、工場生産にすると、味が変わってしまう。かんころ餅を産業化しようとする試みに、何度か立ち会ったが、なかなかハードルが高かった。興味深いと感じた。

 子育ても、結局、やらなきゃいけない要所の手間は、省くことができない。娘が体調を崩した時、夜、小さな頃のように、絵本を読んだ。娘は、小さな頃にしてもらった時間を思い出し、 赤ちゃんのように安心した気持ちで、すーっと眠りについた。

 保育園に、小さな頃から預かってもらった。決して、四六時中一緒にいられたわけではない。でも、忙しくても、絵本は読み続けた(今は、普段は、相方にバトンタッチ)。あたたかい思い出が、安心感として、今の彼女を支える。

 絵本作りも、莫大な時間と、手作業が続く。そして、大ヒット作でもない限り、その作業量と時間に見合うほどの収益が得られる分野ではない。計算し始めると、絶望的な気持ちになることがある。それでも、これが、生業なのだ。

 カンコロ作りも、子育ても、絵本の制作も、コロナ禍でも、淡々と続けるものである。それは、さまざまな不安の中で、救いでもあるように感じた。日々を重ねることができるのは、喜び。さつきさんの言葉は、そういう意味だと思う。

 6月は、久々に、取材に出ようと思う(迷惑のかからない場所へ)。

0 件のコメント: