カンコロの島紀行2月分の記事です。
今週は、かんころもちの絵本の作業に入る前の中休みでした(返事待ちでした)が、返事が来たので、また、作業に入ります。わが家は、末期状態に入ることでしょう。
この記事は、この絵本を仕上げる上で、欠くことができない「かんころ餅をつく作業」を取材させてもらった時の話です。絵本に必要な、最後の1ページを去年の12月まで持ち越していました。
コロナが流行って、思うように取材ができなくなる中、最悪の場合、この場面は、聞いた話や、他の人に写真を提供してもらって、書くことになるかも、、、とも思いました。
でも、行って、本当によかったです。なぜ、かんころもちのある風景が残したいのか、とても、明確なメッセージが、ここにあると感じたからです。
わたしが、島に通うようになって、4年が過ぎました。当初から、「なにか、すごく、大切なものがある」と感じてきましたが、それが、何なのか、言葉にするのは難しく、絵本にするにあたっても、どう描けば、ただの郷土菓子への郷愁じゃないことが、伝えられるのか、考えてきました。
もちろん、壮大な社会問題を、絵本の中で、語るなんてできません。これは、小学生向けの絵本ですから、テーマは、あくまで、かんころ餅とその背景のお話です。
絵本で、描けるのは、ほんの一部です。4年間の取材では、この何倍もの人に出会い、何十倍もの人生や生活を見てきました。どれも、つながっていて、この絵本を支えています。
その中で、子ども達に、より端的に伝わるよう、エピソードを絞る中、「次の世代」へつなぐことは、とても、大きな要素だと思いました。だから、たつき君の姿は、いいモデルだと思ったのです。
このシーンが入ることで、かんころ餅がなくなるかも、、、の危機感に対して、希望を描くことができました。ノンフィクションだから、嘘は書けないので、このシーンに出会えて、わたしは、本当に、うれしかったです。
絵本も最終段階に入りますが、本当に、ここまで時間と労力を使った仕事をしたのは、初めてで、家族にも、ずっと迷惑をかけ続けました。でも、ここまで、やり切れたことを、誇りに思いたいと思います(まだ、終わってない)。そして、どうしようもない状況を、笑って支えてくれた家族に、ただ、ただ感謝です。
新聞に関しては、3月の記事を、1回休ませてもらうことにしました。
絵本の制作が切羽詰まっているし、新たに取材する余裕もないだろうし、ということです。ナノカの事件もあって、1ヶ月ほど、仕事が思い通りに進まなかったし、今後も、ナノカの療養と付き合いながらなので、仕方ありません。売れない文筆業なので、仕事を断るなんて、ぜいたくなことをできる身の上じゃないのですが、ここは集中して、やり切りたいと思います。
とはいえ、煮詰まらないよう、ちょくちょく、息抜きには出て行くと思います。ナノカも、締め切り前の、ヤバくなった母と二人きりじゃ、体調悪くなっちゃうしね。