She made the radio program named "Nano would hear you!" using her handmade 2D 3D microphone. |
自分の方めがけて、集まってきた。
それは、それまで、自由を謳歌してきた、私には、
とてもじゃないけど、応えきれないものだった。
他のママさんは、よくやっている。
その姿を見て、落ち込んだ。
でも、そうなりたいのか、と言われれば、そうでもない気もする。
考えてみれば、「個性」を大切にしよう、と、あらゆる所で言われてるのに、
なぜ、子育てする側の「母」の「個性」は軽視されるのだろう?
家族の形も、それぞれ「個性」があってもいいはずなのに。
私は、この40数年かけて、作り上げられてきたわけだけど、
子どもが生まれたら、それは、変わらなければいけないのだろうか?
自分は、自分のままで、母でありたい。
できないことをがんばって、苦しみながら、子どもと過ごすのではなく、
できることをいっぱい提供して、楽しく、子どもと向き合いたい。
私は、「クリエイティブな母」になろうと決めた。
夕食がいい加減になっても、
部屋の掃除が適当でも、ナノカが「粘土をしたい」と言ったら、
平日の夜に、30分だけでも、粘土をする母だ。
行事が近づくと、毎日、30分、少しずつ、作業をして、
1週間ほどかけて、作り物をした。
2歳なら、2歳なりに、8歳の今は、8歳の作り物をする。
大切なのは、彼女が、クリエイティブな気分を味わってること。
たとえば、バレンタインカード。
ハサミが使えない時代は、指でやぶらせ、ノリで貼らせる。
そして、次の年には、ハサミをつかい、鉛筆を使い、、、と作業を増やす。
今は、目の前で、私が、やり方を見せるだけで、「やりたい!」と
自分のアイデアをスケッチし、完成することができる。
彼女のその時の興味や、実力に合わせて、やれることを考えて、
用意してやる。
それが、できるのは、「クリエイティブな母」だから。
優しくて、賢くて、家事の上手な、テキパキママではないけれど、
喜ばせたことで、よしとしてきた。
ずーっと、優先順位は、
このクリエイティブな 日々!だった。
先日、娘が、ずっと机にかじりついてたので、何をしているかと思ったら、
マイクを作っていた。
平面の紙から作るのに苦心して、結果、
この平面(2D) と立体(3D)の中間みたいなマイクを編み出した。
娘のこういうところが、好きだ。
幸せそうで、ピチピチしている。
大切なのは、
きれいなマイクを作ってあげることではないし、
ましてや、本物のマイクを買ってあげることでもなく、
この自分の力で、作り上げた、この世界観を、
一緒に喜んであげることなのだと思う。
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