2019年2月7日

歴女 History Holic

History of Nagasaki was very complicated.
現在、長崎の潜伏キリシタン関連の仕事をしている。
I am working on the brochure about Hidden Christian in Nagasaki region.

かんころ餅に始まり、離島の取材や、教会へ足を運んだりと、
断片的に関わることが多かったが、
いまいち、つかみかねる、長崎の歴史。
しかし、そこを理解しなくては、説明文は書けない。
Starting from Kankoromochi, the food,
I went to interview islands, visit churches and met people
to write the articles, but everytime, I was not clear about history here.

日本史の概要はつかんでいても、
長崎の歴史って、耳にしたことがなかった。
History in Nagasaki was not so poplar.

「潜伏キリシタン」「南蛮貿易と鎖国時代の出島」
などは、教科書に載っているものの
どの大名が、いつ、どう治めていたのかも、まとめた資料も見つからない。
I could not find the good references such as who was governer when.

で、関わり始めて、専門家の話を聞いたり、
資料を漁ったりして、納得した。
非常に複雑なのだ。
This time, I need to understand really, so I met several scoloars,
read several books and found it very comlicated.

松浦氏による平戸藩、大村氏による大村藩、五島氏による五島藩。
さらに、長崎市内は天領となったり、佐賀の鍋島藩が飛び地を持っていたり。
島も、複雑な分かれ方をしている。
Nagasaki was always devided three or more governers
and islands were also devided very complex ways.

その中で、戦国時代の布教と、その後の禁教時に、
政治的な駆け引きや、状況の中で、
人々が移動したり、弾圧を受けたり。
複雑で、難しい。
People moved under diffrent lords in difficult time of era.

でも、わかると、こんなに小さなエリアで何が起こっていたのか、
と非常にダイナミックだ。
また、あちこちで見かける、小さな墓碑などの意味が理解でき、
その価値がわかるようになる。
「ここ、大村藩だったから、一度はキリシタン集落で、弾圧を受けたんだなあ」
という場所が、波佐見とか、一見関係なさそうな地でも、見つけることができる。
Once I got to understand the history,
I found all the small remains meaningfull all over Nagasaki.

今、生きている人々、今ある土地、
そこに、歴史が加わり、ようやく、しっくりくる気がした。
そっか、ここまでわかれば、地味に見える痕跡も、
観光客の人も、「おお〜」と思ってくれるんだろう。
People living now, the place, and history got together
and gave us hints to feel the momories of the lands.

ちょっと歴女(長崎限定)になれたかな。
「納島が、籠手田氏の領地だったって聞いた時は、ショックだったよ」
と、相方に言ったら、
「いや、全然、ショックじゃないんですけど」
と切り捨てられた。
その、「自分だけ、盛り上がってる感」も、歴女っぽいと言えば、歴女っぽい?
I feel like becoming "History Woman" mania of history.

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