2013年1月9日
New Year Card 年賀状
小さい子供がいる生活は、自分の時間や自由がなくなる事だと、頭では想像していたが、実際に経験してみると、「なるほど、こういう事か」と、はじめて理解できる事が多い。2012年、読めた本はゼロ。身だしなみに気をつける余裕もなく、ボサボサのまま、泣く子を抱いて、大荷物とともに、毎日、出かける。子供に合わせて、公園で遊んだり、ゆっくり時速200メートルぐらいのスピードで歩いてる様子は、「ヒマそう」「時間がありそう」と見えるのだが、実際は、家で山のように溜まった家事や雑事、散らかった部屋を抱えた上で、そのスピードに耐えているのが母親達の現実だと思う。子供に付き合っている時に、その雑事の方に頭が行くと、気がおかしくなるので、考えない事にしている。これは修行なんじゃないかとすら、思う。そんな時に、旦那衆が、「日中、ヒマなんだから、これぐらいできるでしょ」的な発言とともに、雑事を頼んでくると、「なんと!ヒマだと思ってるのね!私はすべての自分の時間を犠牲にしてるのに!」と、非常に腹立たしい(しかし、どこの夫婦にもわりと起こるケンカの原因だ)。
年賀状にしても、私が取りかかれたのは、相方が休みに入った12月30日。いったい、それまでに、どこに私の自由時間があっただろう?もちろん、こどもがいる人は、それぞれ、それなりに生活も時間もやりくりしているし、私にしても、これは「なんとか、なった」1年で、「こどものいる生活って、こういうもの」なんだろうなあ、と思うので、仕方のない事だとは思う。 ナノカ連れでは、いろんなイベントに参加し、お友達とも会ったりして、楽しい事もいっぱいあった。でも、自分のために絵を描いたり、いろんな事を考えながらスケッチしたり、画材探しをしたり、なんて時間は皆無なのも事実。母親としては社会に関わっているけれど、自分としては、やはり不完全燃焼なのだ。
明日から、ナノカは保育園に通い始める。今でも、それに関して、「今まで、なんとかなったんだから、 家で一緒にいてあげながら、なんとか、なるんじゃないかな」と、離れがたくなってしまう。でも、ナノカと一緒にいて、感じたいろんな気持ちを書きとめる時間もなく、そして、子育てを通して感じる世界の事、アウトプットもインプットもできない状態は、かえって「もったいない」事にも感じる。以前、無限にあった自分のための時間はなくなってみると、その貴重さが身に染みる。全く手つかずの時間で、仕事をしたい。仕事の事が考えたい。
これからできる、自分の時間は、ナノカを預ける事によって、捻出する時間なのだから、大事に大事に使おうと思う。そして、残りの時間を、めいいっぱい、ナノカと一緒に過ごして、楽しみたい。それが、ナノカが保育園に行く前日に宣言したい、私の今年の誓いです。
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2 件のコメント:
とても心に響きました。
risaさん、コメント、ありがとうございます。
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