図書館で排籍になった本。よい本が、もらえた。books library gave away. |
何度か、講演をしたことがあるが、
実は、自分の娘への、読み聞かせは、もう辞めてしまった。
とにかく、ナノカが、「貪り食う」ように、本を読むので、
読み聞かせる必要性がなくなってしまったのだ。
図書館に連れて行くと、相方や私の権利を使って、約20冊ほど手に入れるが、
1週間も経たないうちに、食い尽くしてしまう。
いつも、本に飢えていて、ハイエナのようにウロウロしている。
下手をすると、私が借りてきた「変えよう、学校のシステム」とかを覗いている。
(さすがに、新書や、実用書は、読みにくいようだ)
東彼杵図書館で「持って行ってください。一人2冊まで」の張り紙を見て、
たまには、1話ずつ読んであげようと、分厚い本をもらってみた。
でも、私が読む隙もなく、勝手にボリボリと読み進み、
終わった瞬間に
「終わっちゃった、、、」
と悲しげに言った。おもしろかったようだ。
勢いのあるうちに、ロシア文学とか、明治の文豪とか、
ヘビーなやつを、読ませちゃおうか。
ちなみに、私は、中学生の夏休み、
トルストイの「戦争と平和」を手にしたが、
戦闘シーンと、やたら気絶する女性と、似たような名前の登場人物に
手こずって、睡魔に襲われ、気づくと、ページだけ進んでいる、
を繰り返して、断念した過去がある。
本当の、活字好きは、入り組んでいれば、いるほど、
長ければ、長いほど、
難解であれば、難解であるほど、
喜んで、読むのかもしれない。
さて、ナノちゃんは、どのあたりの、本好きでしょうか。
ようやく、かんころ餅の本の構想に入りましたI started to work on books on Kankoro mochi. |
この「夕方になって、お迎えの時間を気にしなくていい」は、
意外と、大きいものです。
後ろを気にせず、作業ができます。
かんころ餅を1冊の本に収めるのは、なかなか、難しい。
なにを書いて、なにを書かずにいるか。
40ページもあるけど、読むのは、子ども。
一本の線のように、つながった、一つの物語ではありたい。
結構、悩みます。
ビジュアルで、瞬時に情報を伝えることができるようになった昨今。
少々デジタルに拒否反応がある私でも、Youtubeや、画像で世界中に発信することの
影響力を、感じずには、いられません。
そんな中で、3年程かけて取材して、40ページに収めて、
さらに2、3年をかけて、制作していく、アナログ形式な文化が、
今後、どれほど、残っていくのか、考えてしまいます。
文字は、抽象的なことを表す、記号。
読書には、記号の羅列を、読み取って、
頭の中で、世界を再構築するという作業があります。
それを、読み手に、負担させるのが、書籍という媒体。
その負担を、面倒だと感じる人は、これから、増えていくでしょう。
これから、どう、文化は変化していくんだろう。
ガラケーのように、ガラパゴスな発達をしているナノカの
将来を、ちょっと、危ぶむ母でした。
いや、私のせいなのだろうけど、、、
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