2021年9月6日

カンコロの島紀行8月 Goto Article

 
8月号の記事。

8月頭に、上五島を訪れた時の、「現在」の様子を描きました。

 最近、しみじみ思うのは、イメージと、現実は違う、ということです。

 たとえば、都会の人に、離島の話をすると、「島の人は、島時間で、ゆっくりなんでしょう。いいなあ。」と言われるのですが、実は、島の人は、とても忙しいです。天気を気にしながら、家の手入れから、畑のこと、教会のこと、日常は「すること」でいっぱいです。都会の人たちのような、時計に追われてはいないかもしれませんが、忙しいのです。

 島と教会、というイメージに関しても、ロマンチックな雰囲気を思い浮かべる人も多いのですが、現実は、お掃除に始まり、地道な日々の積み重ねです。信仰は、個人的な「心」の部分が大きく、それを感じるには、ただ建物を訪れるだけでは、感じ取るのが難しいです。

 少し前に、海外の文化を紹介する、昭和期のドキュメンタリー番組を見る機会がありました。当時、とても人気のあった番組でしたが、神秘的に行間が埋められているのが気になり、制作側のイメージで語られていると感じました。当時は情報があまりない中、番組を観る人も、遠い地への憧れを求めていて、そういうつくりになったのでしょう。でも、今見ると、ちょっと違和感を感じました。

 わたしも、実在の人や場所を描くにあたって、自分の勝手な理想やらイメージに当てはめてないかな、と意識します。現実を切り張りして、自分のお話にしてしまってはいけないですから。

 インターネットが普及して、誰でも、簡単に発信できる時代になりました。発信するスピードと量も変化しました。なんでも事実だと思いがちですが、現実を切り取って、貼り合わせたものは、必ずしも、事実を表してないことがあります。作り手が意図的に、自分の都合や、人の注目を集めるための切り張りをしたり、演出をすることもできます。一見、事実に見えてしまう分だけ、作り話より、たちが悪いこともあります。情報の真偽を見分けることは、なかなかタフです。

 事実を伝えるためには、どんな形がいいのだろう、と考えてしまいます。情報が溢れる中では、小さな記事の一つかもしれませんが、チャレンジだなあと感じながら、毎回、書いています。

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