おっぱい星人だったナノカ。最近では、保育園でお迎えにきた私を見ると飲みたくなってしまって、廊下で飲んでしまうこと、しばしばだった。2歳も近づき、このままでは、こだわりを持ってるがゆえに、ないと眠れなかったり、飲めない瞬間にパニックになったりと、本人ももしんどいのではないかと思い、「せめて、甘えたい時だけの趣味のおっぱいにして、習慣化してしまった、夜の授乳などを辞められたら」と思うようになった。特に、眠りにつくのに、おっぱいを飲んでいたら、パパや他の人とも眠れないままだし、夜中もしっかり睡眠が取れない。ここから、まず、手をつけようと考えた。かなり、理解力も出てきたので、「おっぱいなくても、寝られるよ。赤ちゃんじゃないからね。」と説得した。
回数を減らしていく過程で、飲みたくて、ぐずぐず泣く事は、何度かあったが、それも乗り切ると、それから、昼間も飲まなくなった。もう1日半経つ。私は、全部辞めるつもりは、まだ、なかったんだけど、、、このまま、卒乳なのだろうか?心の準備をしていなかったので、寂しいけど、このまま、終わるようなら、それも、ナノカのためには、いいのかも、と思う。今日、お迎えに行って、家に帰って、飲まなかったら、多分、終わりなんだろうなあ。For a long time, Nanoka was a big fun of breast. Recently she asked me breastfeeding when I picked her up at the school and I ended up giving her at the corner of the hallway. She is almost two and it must be hard for her to have addicted to breastfeeding. I first decided to quit the breastfeeding during the night. She was old enough, so I explained "you are not baby, and you can sleep without breastfeeding."
On the way to reduce the number of breastfeeding, Nanoka sobbed or cried for half hour or hour, but after one night she went through it, she even did not ask for it during daytime-now it passed 1 and half day-so is she going to quit? I did not expect it, and felt sad, but if it goes, it should let it go. It is the best for Nanoka. After I pick her up today, if she does not have it, it will be really over.
(Actually she asked for it when picking up and had breastfeeding after going home. It still goes during day)
2013年4月30日
2013年4月22日
1 and 10 months 1歳10ヶ月
遠足。お友達に囲まれ、リラックスのナノカ。School day trip with parents on Saturday. Relaxed. |
昨日の夜、相方が「ボビーフィッシャーを探して」を見ていた(気に入った映画のDVDを何度も見る)。私も、横目で見ていたが、エンディングロールになり、主人公の少年が、彼より少し幼い少年と肩を組み、「僕の年になったら、君もできるよ」と励ます姿を見て,じーんと涙が浮かんだ。見ると、相方も感動している。映画で、ここが感動ポイントになるとは。
最近、保育園に迎えに行くと、ナノカが他の子供と、手をつないで、連れ立って、階段を上っていたり、 (私にはわからないツボで)笑ったりしてるのを見かける。保育園の連絡帳には、「お友達と、おしゃべりしながら、食事を楽しんでいます」と書いてあったが、子供同士で、何をしゃべりながら、食事をしているというのか、信じられない思いだった。2歳も間近なので、社会性が発達する時期なのかもしれないが、母親からすると、「眠い」「腹減った」「オムツ替えてくれ」のような、物理的欲求を声高々に、訴え続けるのみだった新生児が、ついには「自分だけの意志で、他の人とつき合い、社会でうまくやって行く」ことになったかと、びっくりして、涙さえ出てきてしまう。
こんなにも小さな人たちの、もっとも初期の社会性で現れてくるのは、「共感」だったり、「譲り合い」だったり、と、思わず目を細めたくなるような、「良心」も多い。多少のトラブル(オモチャの取り合いなど)があっても、それを、「仕方がない」とあきらめたり、「いや、まちがってる」と批難したり、と、それなりに、まわしているたりする。こうした姿を見てると、人間って、悪くないなあ、、、と、希望さえ、感じる。
Nanoka became 1 and 10 months. 2 month left before 2 years old. Last night, husband watched the movie"Searching for the Bobby Fisher", and at the end, two little boys walked away holding their shoulders each other and Josh cheered up a younger, weaker at chess boy that he would be better when he became older like him(they must be only 1-2 years different).
Recently I saw Nanoka holding hands with other kids in the school and inviting each other to climbed the stairs to the second floor, or doing some other play. Teacher told me that she was enjoying the chatter at the lunchtime with friend. I had no idea how she could chat even she could not speak well...But actually I could see they developed their society by their own communication way. It was amazing.
For mothers, who was taking care of Baby's fundamental desire, "food" "sleep" "excretion", it was just unbelievable but incredible to see that kids develop their own society-And surprisingly their first social development is "conscience" in many cases. Even they are small, they knew to be nice, sympathy, and kindness. To see it, I felt "human being is not bad" and even became hopeful.
2013年4月19日
Word Chain Game しりとり
In the car, I found husband sleepy and I asked him to do word game to avoid his falling asleep.運転中の相方が眠そうなので、慌てて、しりとりをする事にした。 |
ナノカも(普通にはまだ参加できないけど)混ぜてあげようと、「ナノカのわかる単語しりとりね」と決めた。ナノカが言えたら、オッケー、というルールだ。We decided to limit the word within what Nanoka knows. The rule: only the word Nanoka could repeat. |
例えば「り」。「りんご」は反応がなかったが、「りす」は言った。In the case of Ri. Ringo(apple) she had no reaction. We did not eat it for a while and she forgot the word.Risu(squall) she repeated. So it is OK. |
2013年4月17日
Butterfly ちょうちょう
We read many books that butterfly appears before spring had come. 春が来るまでの間、チョウチョの出てくる絵本をたくさん読んだ。 |
We even did original pant mime of flower and butterfly. We were ready to meet real butterfly! オリジナル手遊びで盛り上がり、あとは、本物と出会うのを待つばかりである。 |
One spring day, we walked a path surrounded spring flowers. Nanoka ran to say, "Butterfly!" Finally?ある日、階段道を歩いていると、「ちょうちょ!」とナノカが飛び出した。とうとう、いた? |
子供が絵本から学ぶ事は、本当に多い。外界にあふれているもの、すべてが、未知の物ばかりだから、何かを見て、「これ、なにかしら?」なんて、いちいち思っていられないんじゃないだろうか。それで、絵本で「ぞうさん、おおきいね〜」と読んでもらい、親しみを覚え、よそでそれを見た時に、「知ってる!ぞうさん!」と、1個ずつ、知識を増やしていく方が、1個ずつ塗りつぶしていくように、わかりやすいんだと思う。ということで、絵本、万歳!
2013年4月15日
Concept of Numbers 数の概念
She exercised saying "one, two" as grandma taught her, but this,"one, two" is not number for her and never used it to count. ばばに習ったストレッチを「1、2、1、2」と言って、熱心にやっているが、その1とか2は数じゃないようで、数える時には、応用されない。 |
So she counts the things, "one, one, one,,," . I tried to teach her "one, two" but she never reacted it. ボタンも石も、「いっこ、いっこ、いっこ」と永遠に数え続ける。私が、「1こ、2こ」とさりげなく教えても、まったく取り入れようとしない。 |
She jumped up to "A lot" after repeating "one." She looks happy about her discovery. そのうち、1こをくり返して数がたまると、「いっぱい」とうれしそうに言うようになった。 |
Then she poured them into another container and said, "empty." Maybe kids learn concept of numbers in orders. さらに、それを他に移して、「からっぽ」とも言う。数の概念って、順番じゃないのね。きっと。 |
Crow can count up to 4. How does a child gain the number? I curiously observed Nanoka.
First she started to say, "one". She hold the thing(button, stone or cookie) and said "one". Parents always says "only one" or "one by one" to them, so it is easy for kids to start to say that. Nanoka then count the staff, "one, one, one, one,,," forever. It never goes "two." I said that she must have respected the uniqueness of each one and husband smiled grimly. I taught her,"one and one then two" but she did not react it.
Soon, she started to say "A lot" after counting "one, one, one,,,," She seemed to be happy about "amount" after "one" piled up. Then she poured everything into another container and showed me the first container to say, "empty." It seemed to be that she understood the concept of "none" now.
The concept of numbers are not gained by orders. It is more philosophical discovery for the kids, maybe.
ナノカが、最初に数を示したのは、年齢を聞かれて、「1」と指を一本、立てられるようになった時で、1歳5ヶ月ぐらいだった。それは周りが「1歳よ〜」と、教え込もうとしたのを、ただマネしてるだけに見えた。しかし、「○○ちゃんは、もう3歳なの!」と大人同士で会話してると、横でナノカが一本指を立てて、アピールしたので、どうやら、○○歳には、他にもパターンがある事は理解できていたようだ。なににせよ、1歳の1を数だと理解できるのは、とても、難しい事だろうなあ、と思う(自分が生まれてから、何年、なんて、一体、いつ理解できるんだろう?)
カラスは、数を4ぐらいまで、数えられるらしい。人間の赤ちゃんは、いつから、どのように数を理解していくのだろう?
ナノカは、まず、「1個」と、言い始めた。石でも、ボタンでも、ものを一つ手に取ると、「いっこ」だ。お菓子が欲しい時も「1個だけよ」、絵本を手に取るときも「1冊ね」と、親は「1」を連発するので、1、という概念は、早くに覚えたようだ。しかし、数が何個あっても、「いっこ、いっこ、いっこ」と言って、並べて数える。私が「一個、一個に個性があって、どれもオンリーワンってことじゃない?」と、「世界に一つだけの花」的な意見を述べたが、相方に鼻で笑われた。「一向に、数が増えないままだなあ」と思って、「1個と1個で、2個!」と、足し算のように、教えてみたが、きょとんとしていた。
そのうち、いっこを並べて、「いっぱい」と言うようになった。1が重なると、数が多い「いっぱい」になるんだ、という「うれしい事実」だと思ってる感じだ。さらに、それを他の容器に移して、「からっぽ」とも言う。ふむ、これは、一応、ゼロってことだろうか。
1、2、3、4、と順番に覚えるのではなく、1(目の前の一つ)、いっぱい(量)、からっぽ(ない)、というように、数の概念は発達していった。「そうだよなあ、その方が理にかなってるよなあ」と思った。本来、数学というのは、こんな風に哲学的なものなのかもしれない。
2013年4月12日
Oppai Ippai(Lots of Boobs) おっぱい いっぱい
子供は「おっぱい」が大好きだ。その中でも、ナノカは「おっぱい命」ハチマキ巻いて、ファンクラブにも入ってるぐらい、好きだと思う。食事が進まなかった頃、断乳を考えた事があったが、保育園に入るストレスを「おっぱい」で乗り切ろうとした事もあって、結局、いまだに飲んでいる。今は、食事で栄養が取れるようになり、飲まなくても、問題ないのだが、逆に「嗜好品」「スキンシップ」「甘えたい気持ち」の色合いが濃くなり、さらに執着が強くなった。言葉もかなり話せるので、「もう1回だけ」とか交渉してくるし、「おっぱい♡」と囁いたりもする。「おっぱい、おいしいの?」と聞くと、「うん」と言う。「バナナとどっちが、おいしい?」と聞くと、「おっぱい」なのだそうだ。そっか、そんなに、おいしいのか。うーん、辞められるんだろうか、、、?
Kids loves boobs so much. Nanoka is a big fan who wore headband telling "Love Boobs" type. I once thought about quitting but gave up since she had to start the school-I hear that too much stress at the same time was not good for the baby. Now she could gain all the nutrition from food and breast milk means "skinship" "hobby" for her. She grown up and even negotiates with me about it. Maybe it is too late to quit,,,
Kids loves boobs so much. Nanoka is a big fan who wore headband telling "Love Boobs" type. I once thought about quitting but gave up since she had to start the school-I hear that too much stress at the same time was not good for the baby. Now she could gain all the nutrition from food and breast milk means "skinship" "hobby" for her. She grown up and even negotiates with me about it. Maybe it is too late to quit,,,
This week Nanoka sucked breast before going home at the hallway of the school.今週、ナノカは、帰宅前に、保育園の廊下で、おっぱいを飲むようになってしまった。周りの子供たちが、「まだ、飲んどらすと?」と聞いてくるが、お構いなしだ。 |
She gave my boobs special treatment. She only washed my boobs in the bath and she put cream only my boobs. 大好きなおっぱいは、特別待遇だ。お風呂に入れば、「おっぱいだけ」洗ってくれるし、お風呂上がりには、「おっぱいだけ」クリームを塗ってくれる。 |
She put her hand into my sweater and search for boobs and found them to say "Here!" 外出時に抱っこしていると、服の中に手を突っ込んできて、おっぱいを探り、「あった!」と言う。なんか男子高校生みたいに、おっぱいネタばっかり、、、 |
2013年4月11日
Rika-chan doll リカちゃん人形
I only had secondhand of secondhand Rika-chan doll. I envied other girl's new dolls. 私は子供時代、お古のお古のリカちゃん人形しか持っていなかった。 |
Then I started to saw dress for the doll by myself before going to the elementary school. そこから、私自身も、端切れで、服を作ったり、空き箱でドールハウスを作ったりするようになった。物がないと、工夫もするし、そこから創造も生まれる、という面もあるんだろう。 |
Nanoka started to show her interest in dolls, already,,,ナノカも、そろそろ、お人形デビューみたいです、、、 |
私もリカちゃん人形を一体持っていたが、それは、お下がりのお下がり、どこからやってきたかもわからない程古いもので、洋服も1式しかなかった。そもそも、私はオモチャを買ってもらった事がほとんどなかった。母曰く、「家のローンでお金がなかった」と言うが、それ以上に「オモチャなんて買ってあげる必要がない」と言う方針だったのだと思う。あまりに徹底していたので、私は「欲しい」と言う事すらできなかった。他の女の子達が新しいリカちゃんやら、バービーやら、ジェニーやら持っているのを、うらやましく思いながら、我慢していた記憶がある。今思い出しても、ちょっと切ないので、「あんまりに、買わない、てのも、どうよ」という思いがある。そんな思い出とも重なって、ナノカがリカちゃんの前で立っている姿を見ると、「買ってあげたいなあ」という気持ちになった。
でも、こんな思い出もある。それは、「人形の新しいお洋服を作ってあげようか」と母が、端切れで、ツーピースを作ってくれたのだ。母の実家はテーラーなので、母も当たり前のように洋裁が身についていて、そのツーピースは、人間が着るものと同じ、きちんとした襟に袖、ボタンはスナップ、スカートはゴムでギャザーがしっかり、、、と立派過ぎたため、リカちゃんがモコモコになってしまっていた。ピラピラした、飾りのいっぱいついた、アイドルみたいなうすっぺらいドレスが欲しかったのだけど、、、でも、サッと母が作った洋服を見て、「そっか、欲しいものは、自分で作ればいいんだ」とも発見した。祖父母の家に預けられる事も多かった私は、端切れを拾うと、早い時期から針と糸とハサミの使い方を教わり、一人で何かを作る事に没頭した。もちろん、知識も技術もない子供だから、布を人形に巻き付けるだけとか、ぴっちりしたそでのないワンピースとか、思ったものとはほど遠い物しか、できなかったが、でも、それは「買ってもらった服を着せる」とはまた違った楽しみに、つながっていった。空き箱を家にして、積み木や木の板でベッドや机を組み立てたりもした。それも、今思い出すと、私のだけみすぼらしかったなあ、と切ないけれど、でも、工夫したり、想像したり、という楽しさはあったのかな、とも思う。買ってもらっていたら、うれしくて、それで楽しく遊んで満足して、それだけで終わっていたかも、と思う。
ものがあふれる時代だからこそ、なにを買うのか、どこまで買い与えるのかは、多分、誰もが迷う所だと思う。たかが、オモチャ。いずれ、使わなくなってしまうもの。でも、子供にとっては、宝物であって、全てでもある。大人の「もの」とのつき合いとも、同じなのかもしれない。「買って」既製品を使う事もできるけど、手作りしたり、こだわって、あえて昔ながらのやり方を楽しむ人もいる。これからの、ナノカの「もの」との付き合い方にも、かかわってくる問題なのかな、と思う。何を買って、何を買わないでおくべきなのだろうか。
ナノカは、オシャレが好きで、 かわいいものが好きで、お人形も好きだ。だから、リカちゃんは欲しがったら、1体、買ってあげようと思う。そこから先は、一緒に服を手作りできたらな、と思う。それが、今の時点での、方針。でも、ご本人さまの性格や、気持ちもあるので、どうなるかな?
On Sunday, at the shopping center, Nanoka stopped at the Rika-chan doll shelf. (Rika-chan is Japanese girl's play doll like Barbie.)She never played with it, but she was so interested. The time has come,,,
Almost all the girls went through the doll play. I wanted one, but I only had secondhand of second hand Rika-chan doll in one dress.My mom believed that she did not need to buy toys(Also we were run out of money by house loan) and I felt sad, but never told them that I want one. It was bitter memories of mine. So I saw Nanoka's holding doll and felt I should buy one.
At the same time I had memory of good time. My mom made the dress for this old Rika-chan doll from the remain of clothing-her father(my grandpa) was good Tailor and families knew how to make the dress. It was suit dress exact shape of human one in a doll size-with collar and very tight. I actually wanted frilled dress, but still happy about it. Then I noticed that I could make it if I wanted one. Soon I learn how to use needle and thread and started to make the dress. This experience lead me to the joy of making something.
Now the world is more materialistic and the things are full in the every day life. It is so easy to buy anything(many times it is cheaper than making). It is rather difficult to limit the number of the thing around us. Then kids lost opportunities to feel "desire to get one" and "need to think out how to get one". Then parents need to decide "which one they will buy and which one they won't". Right now, I am thinking buying one doll in a dress and we make the dress together. I do not know if it works out since it depends on Nanoka's emotion.
2013年4月10日
Tea cup bag お茶コップ袋
Nanoka's tea cup bag for the school. お茶のコップ入れ。 |
保育園は、袋ものがやたら必要である。特に、成長に合わせて、必要なものが変わってくる。今回は、お茶のコップを入れる袋が必要とのこと。ナノカとミッフィーちゃんのコップを買うと、本人も「お茶!」と、気持ちは盛り上がってる様子だ。そのコップに合わせて、さっそく袋を作った。給食袋と同じネコを、今回はアップリケにした。帰宅後、袋を見つけたナノカは、「わあ♡」と手に取ると、さっそく、遊んでいた。気に入って頂けて、よかったですわ。
2013年4月9日
socks くちた(くつした)
She repeated to take off, pull new pairs and wear all day long. I found socks everywhere in the room. しかし、一日中、靴下を脱いでは、新しいのを出してきて、履く事をくり返している。あちこちに靴下が落ちていて、まったく迷惑である。 |
2013年4月8日
Learn by watching 見て学ぶ
At the nursery school, there are chairwoman(great grandma), President(grandma) and vice president(father) from owner family. 保育園には、理事長、園長、副園長という3世代がいる。理事長先生は、かなりのお年だと思われる。 |
At the PTA, Nanoka got bored and started to cry. Chairwoman invited her to play with stamp and she stopped crying and played with her. 父母会の日も、ナノカが退屈して、ぐずり始めたが、理事長先生が誘うと、くっついて、スタンプで遊び始めた。 |
It means that if parents do not practice daily, there is no chance for kids to learn. Nanoka won't play the guitar since we both do not. There is limit of our abilities and it will be also Nanoka's limit. I hope that she will learn by herself in the future, but right now we should not limit her possibilities.
I will find difficulty to teach Nanoka science or maths at the very early stage. But right now I still can share the interests with her. It is simple curiosity to the daily things. If I just cooked frozen food, it would have been just one dish, but it became one experience by cooking with hands. We can learn so many things by visiting fish market rather than buying cutlet at the supermarket-it leads to interest to nutritional science, biology, geography, ecology, sociology and economy(too much?). Being with kids give us chance to be excited to various studies. I should enjoy it.
土曜日、保育園の父母会があった。改めてお話を伺うと、子供との付き合い方一つ一つに試行錯誤がある事がわかり、感心してしまった。
園は、モンテッソーリ実践園。説明を受けて、初めて、わかった事がいっぱいあった。子供用の道具は、いつも、きれいに整えられ、決まった場所に置いてある。子供たちは、「こうやりなさい」と、教え込まなくても、他の人がやっている姿を「穴があくように」見ていて、自分から「やりたい」と思って、いろいろな事に挑戦していけるのだ。子供は、「言葉」ではなく、「見て」学ぶ生き物なのだ。
子供が、「見る事」で学んでるとなると、親がやらない事は、学べない。例えば、私も相方もしないので、ナノカが突然、ギターを弾く事はないだろう。私達には、偏りと限界がいっぱいあるので、教えてあげられる事も限られている。将来、ナノカには自発的に、勝手に伸びていって欲しいと願う。でも、この時点では、親の行動力が子供の世界の範囲を決めている。大きくなってからは、手伝ってあげられないが(理系の勉強とかだと、かなり早い時期に、付き合ってあげられなくなる)、今しばらくは、彼女と一緒に学べるのだから、少し頑張るべきなのかな、と思う。
土曜日、餃子を作ることにして(皮まで作ったのは、私もはじめて)、ナノカにも包ませた。「コネコネ」と言って、とても、楽しそうだったし、なんとか包めた。(できると思わなかった!)冷凍餃子では、単なる1回の食事だが、手作りした事で、「食事ができる工程」をナノカも、随分ワクワク楽しめたようだ。魚一つでも、切り身ばかりでなく、たまには市場などに買い物に行けば「もとの形がわかる事での、生物や植物への興味」ひいては「ものの流通の仕組みへの興味」にもつながって、料理、栄養学、生物、地理、社会問題、環境問題、経済学への窓口にすらなる(おおげさ?)かも。まあ、多くを期待し過ぎるのはいけないかもしれないけど、ワクワクする生活をするのは、私達にとっても、いい事。一緒に楽しんでいきたいと思う。
2013年4月1日
New School Year starts 新年度おめでとう
Science class about born-from MMJ spring issue 2013 科学の授業(MMJ 2013年春号より) |
新年度だ。ナノカのクラス(0〜2歳)にも、新しく赤ちゃんが入ってくる。そもそも、ナノカの入園も、この時期を予想していた所、空きが出て早めの入園となったが、結果的に一人だけの新入りとして過ごせたのは、よかったと思う。先生が細やかに声をかけてくれ、時間をかけて、保育園の中で、自分の居場所を作る事ができた。おかげさまで、先日の仮病らしきものも数日でなくなり、甘ったれた気持ちと、頑張る気持ちが、順番に顔をだしながら、自分のペースで、通ってくれている。ありがたや、ありがたや。
一方、私はと言えば、自分に時間を費やせるようになった当初、なにから手を付けていいのか、気ばかり、焦っていた。ナノカを預けた時間なのだから、最大限に、ムダなく有効利用をしなくては、という気持ちが、かえって、空回りした。創作からのブランクも実感した。子供を産んでからも、隙間時間に仕事をしていたが、時間に追われて、考え方や頭の整理の仕方が違ったシステムで動くようになっていたようだ。まずは環境作りと資料作りと、作業をして1ヶ月程過ごしているうちに、しだいに、もとのように頭が働くようになった。しかしながら、朝6時半に見送った後、2時半に迎えに出るのだが、あっという間に時間はやって来る。お尻の決まっている時間というのは、なんと短く感じるのだろう(もともとは、エンドレスで創作してきたのだから)。
ナノカがいての仕事は、今までの創作人生とはまったく、違っている。昔、創作を始めると、時間もプライベートも忘れて、没頭した。アイデアは無限大に思えたし、常に、作品の事で頭がいっぱいだった。なにを犠牲にしても、誰にも文句を言われる事はなかったし、気もとがめなかった。
今は、時間には、はっきりした限りがある。子供といる時間は、創作の事は頭から離して、目の前のことを考えないといけない。迎えに行ってから、買い物→帰宅→ご飯→風呂→就寝→次の日の準備は、嵐のような時間だ。時間の自由だけでなく、心の自由だって、ないのかもしれない。
それでも今、仕事も創作も生活も、新鮮に見える。今までとは違う、やりたい事でいっぱいだ。自由を制限された事で、かえって、世の中が鮮明に見えるようになった気すらする。創作は、自分を表現するためのものから、変化した。主人公は、「わたし」から、「こども」になったのだろうか?どう違う、ともはっきり言えないし、いいんだか、悪いんだかも、わからない。ただ、変化したのは、確か。そして、出産前に、私は「自分の気持ちを、自分のために表現する事」に、すでに少し、飽きはじめていたように思う。今は、新しい視点が、なにを生み出すのか、自分でも、楽しみだ。久々に、これほどワクワクしている気がする。
春は花が咲き乱れ、ナノカは初めて見た(去年も見たはずだが、意識できなかった)桜や、チョウチョなど、ひとつひとつに感動して見せる。そのおかげで、私まで、初めて見たような、感動を一緒に感じる事ができた。もう30云年も、同じものを春がくる度に見て、いつしか、当たり前のように受け流していたものが、新鮮に飛び込んできたのだ。同様に、新鮮に感動しながら、ひとつひとつ仕事していけたら、と思う。私にとっては、新入学みたいなものなのかも、しれない。
This is the day when the new school year starts in Japan. Nanoka will meet new babies in her class. Almost three months passed after she started her nursery school and now she could get used to it.
Right after she started the school, I was a little at lost how to use my hours for my work. I forgot how to work, how to use my brain even I worked as side of taking care of Nanoka before that. My brain works as a mother all the time and system of the life was totally different. Little by little I remembered the way to work and do art. Then I found the time flew so fast every day. It is just so different from the days before Nanoka's birth.
But even though I got the limited time and limited freedom, I got motivation more than before. Even the view of the world has changed. My voice used to be, "I think" but now "a girl think", well, I do not know if it is good or not, but anyway, I am just excited to myself, my life, and my new voice.
Spring has come and flowers came out and butterflies appear. Nanoka met them for the first time(last year, she could not recognise them) and showed her move each time. It made me feel I met those for the first time. I had been met them every spring for 30 something years and they were nothing new anymore recent year. How great to have new view since I got again meeting so many things for the first time! This spring will be my entering time to new view and new work.
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