2012年8月23日

picture book and Nanoka 2 絵本とナノカ2

Nanoka throw a book when I read the last page if she did not want to finish it. She meant "I want you to read it again" but I was not happy about that, of course. ナノカはかつて、私が絵本を読み終わると、雄叫びとともに、絵本を投げつけていた。その心は、「もう1回読んで」なのだが、当然、大切な絵本をたたきつけられて、私がうれしいはずがない。
So I taught her, "Say, 'please read again' posing pointing finger up. At first, she could not speak, yet, and Nano seemed not to understand at all.そこで、「もう一回読んで下さい」て言えばいいんだよ。そしたら、読んであげるんだから、と人差し指を1の形にして、教えた。しかし、ナノカはまだしゃべれないし、はあ?て顔をして、本を投げ続けていた。わかってないよね、やっぱり。
But in a while, when I finished the book, she posed very funny bowing with her pointing finger up. I noticed that she tried to ask me to read again. It was too polite and almost slavish way to ask something. Did I do this to show her?そう思ってたのだが、しばらくすると、本を読み終わると、人差し指を立てて、「こえ」と言いながら、腰を曲げて、下から見上げる、というポーズをするようになった。どうやら、「もう1回読んで」ポーズらしい。ていうか、こんなに腰の低い頼み方を、私は実演しただろうか?

Anyway, she learnt tell me she wanted me to read again rather than throwing the books. Recent her favorite is "I" by Shuntaro Tanigawa, famous poet. It is paperback I read when I was a child-very crassic philosphical book. How much can she understand? こうして、本を投げつけずして、ナノは本を読んでもらえるようになった。最近のお気に入りは、谷川俊太郎作 長新太絵 の「わたし」だ。私が子供の頃に読んでいたペーパーバックで、相当古く、そして哲学的な一冊だ。わかっているんかねえ?
Picture books are Nano's most familiar toys. She brought me all kinds of books from the shelf. It can be my cooking book and other time it is husband's Tales from Earthsea. She does not know the difference from the cover and just bring what she grasps. She also has some favorite to be read. Her recent favorite is "I" and this is the book telling a person-I, can be called different names, "daughter from dad, mom, sister from brothere, human being from pet, etc. It is very philosophical and I hardly believe Nano understood. But since she loves it, maybe she likes some points of this book and someday, she noticed the meaning of that. It is very precious experience for me to observe it and looking forward to it. ナノにとっては、絵本は一番身近なオモチャなのだろう(多分、一番、私が喜んで相手してくれる可能性が高いのもあるだろう)。退屈になると、その辺にある絵本を引っ張りだして持ってくる。ナノカが生まれてから、いわゆる「赤ちゃん絵本」も買い足したのだが、どれが今の自分向きか、背表紙でわかる訳じゃないので、適当に本棚から選んでくる。なので、相方の「ゲド戦記」やら、わたしのお菓子の本、なども頻繁に持ってくる。貴重な絶版本や、作家の友人にサインをしてもらった記念の本もあるので、青ざめるのだが、今の所破る様子もないので、とりあえずさせている。読んでもらいたくて、持ってくるのは、しばらく同じものが続く。「わたし」は、わたしをいろんな人から、いろんな角度から見ていく、という、とても哲学的なもので、完全に一人称で生きている子供にとっては、ちょっと高度な発見をうながしている。実は、わたしは、「自分以外の人間も生きていて、それぞれ気持ちがあるんだ」と気づいたときの事を覚えていて、衝撃的だった記憶がある。とはいえ、それは4歳とか、ずっと先の話で、1歳チョボチョボのナノカに、わかるはずもないだろう、、、と思うのだが、一生懸命、読んでもらっている姿を見ると、なんかわかってるのかなあ、と思ったり。作者の意図がわかろうが、わかるまいが、子供は何かが響いて、その本を好きになる。その時は、1割以下しか、わかってないのかもしれない。でも、いずれ、また、再会して、「ああ、そういうことか!おもしろい!」と思うのだろう。それを、定点観測のように見られる親とは、なんと、貴重な体験だろう(見逃しちゃうかもしれないけど、、、)ちなみに、相方はナノカに「わたし」を読んであげていて、最後のページの「知らない人から見たら、だれ? ほこうしゃてんごくのなかでは おおぜいのうちのひとり」を読んで、「なんか、さびしい、、、」と言っていた。ついでに、相方の絵本との再会も、見れちゃいました。

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