2009年7月28日

chatting with president and editors 絵本館でおしゃべり

引っ越してから、はじめて、絵本館におジャマしました。
Today I visited Ehonkan Publishing first time after my moving.

絵本館の社長は、背の高い、ヒゲめがね(この業界のこの世代の男性はヒゲめがねが多いんです)のダンディな方なのですが、好奇心旺盛な方で、私の引っ越し後の生活を根掘り葉掘り聞かれてしまいました。「何時に起きるか」「どこでお買い物するか」「どれぐらい仕事をするか」あんまり立派な生活をしていないので、とっても恥ずかしかった、、、
The president, who was a tall gentleman with mustache and glasses(most of elder men in this field have mustache and glasses for some reasons), asked me so many question about my new life. "What time do you get up?" "How long do you usually work?" "Where do you buy the grocery?" etc. I am not proud of my daily life, and I was a little shy about telling,,,

「あ、でも7時には起きてます。仕事する時間は、今仕事あんまりないし、あっても人より短いです。あ、ハイ、、最近は暑いので、お昼寝もしています。食べるものはしっかり食べてます。あ、前の彼氏ですか、、、別れました。よく覚えてますねえ、、、アパートは公園側に徒歩10分です。私は歩くの遅いから、15分かかります。家賃は、、、」
I wake up around 7am. I worked,,,not so long, compared with 9-5 business people. Yes, I have a nap especially in this hot weather, ,,I ate OK. Well I broke up with that boyfriend(He remembered well,,,,) apartment is 10 min walk from station, 15 min for me, rent is,,,"

でも、なんだか、東京に住んでるんですね、私。今さらながら、実感です。
I really feel that I am now in Tokyo and I am neighbor of them.

2009年7月27日

Bon Dance on the department store 丸井で盆踊り

昨日の晩、家で休んでいたら、「丸井の屋上で盆踊りやってるらしいから、行こうよ」と誘われました。丸井で盆踊り?!ああ、デパートの催しか何かか、と思ってたのですが、、、

そこには、なんともディープな世界が、、、丸井は地元の商店街に毎年、場所を提供してるだけなんですね。なので、行われているのは、商店街の超ローカルな盆踊り大会。だいたいエレベーターに乗ってるメンツが違うのです。「よう奥さん、美人やな。奥さんてのはあ、美人と決まってらあ」という、吉祥寺という街のデパートにいてはいけないような、腹巻きでもしてそうなおっちゃん3人組。屋上に上れば、ビンゴ大会。商店街の人達が用意した屋台。といっても、顔パスで結構ゆるーく、飲み物も食べ物もタダでもらえちゃったりする。年寄りばかりかと思いきや、ちゃんと若者がいっぱいいる。そして、浴衣を着た結構チャラい高校生カップルもいたりする。その子達が、酔っぱらいのおじさんをあしらってたりして、昭和のにおいがプンプンして、地方出身の私とカメラマンHは、ノスタルジーにひたってしまいました。
盆踊りも、老いも若きも、キビキビ踊ってて、私にいたっては、そこでなぜか涙が出て来てしまいました。丸井、やるなあ。私は、吉祥寺ももっと好きになって、丸井も見直しました。いい夜でした。

2009年7月24日

eavesdropping 盗み聞き

一時期の爆音は収まったものの、隣の工事は、今度は地味な作業が増え、作業のおじさん達とアパート内で目が合うようになってしまった。落ち着かない、、、ということで、今日は久々にスタバに行きました。

本当に、悪い癖だと思うんだけど、隣の席の話を、じっくり盗み聞きしてしまいました。
二人は看護婦さんで、この片方Sさんは忘れられない程、ステキな元彼ヒロシっていうのから、最近、メールが来て、「会いたい」と言われたらしい。しかし、実際にはヒロシは最近結婚しており、会いたい、は単なるSさんの心配をしての事。二人のエピソードは、「お腹がすいた」というSさんのメールに、レスキューのヒロシが、「○○駅に、衰弱した女性S一人確認。早急に救出に向かう」というメールを返して来ただの、いまだに毎年七夕に「幸せですか?」というメールを送って来るだの、「ほおー」という感じ。さらには、今度、ヒロシの紹介で3対3の合コンをするという計画まであるらしい。また、箇所箇所に「夜勤明けに、、、」とか、看護婦ワードが出て来て、なんかドラマチックだなあ、、、と勝手に妄想を膨らましてました。
こうして聞いてると、このカフェにいる一人一人に、それだけ分、ひとつひとつのドラマがあるって事ですよねえ。全部、一個一個聞いて回りたい、、、ということで、盗み聞き、どうしても、辞められません。にやにやしながら、聞き入ってる、絵本作家が側にいたら、みなさん、席を移りましょう。

2009年7月23日

The missing piece ぼくを探しに

男性に絵本で心の一冊を選んでもらうと、圧倒的に「ぼくを探しに」を上げる人が多い。本屋さんで大人になってから出会って泣いてしまった、ていう話もよく聞く。(ちなみに女性は、「100万回生きた猫」を上げる人が多い)
When I asked the best picture book to the men, most of people answered, The missing piece.
(Women answered, "million times dead cat" as their best)
「ぼくを探しに」は、自分の欠けた部分を探して、旅に出る話。私も大好きな1冊だし、哲学的な素晴らしい本だなあ、と思うけど、ここまでおしなべて男心をつかむ一冊なんだと思うと、男女で感覚の差ってあるんだなあ、と感じてしまう。
"The missing piece" is the book about the piece went around to seek for the missing piece. It is one of my favorite and very philosophical and good book, but I felt that there is the difference between men and women since it appeals so much to the men.

一般的に、男の人の方が、「何かが欠けている」という欠落感が大きいのかな。それが、なんなのか、よくわかんないけど、その「なにか」を求めるから、冒険をするし、何かをやり遂げようと探求する。仕事や恋愛の原動力になるものが、欠落感のような気もする。でも、そのせいで常に「なにか」を探してて、星の王子様みたいに、どっかへ飛んでいっちゃうのかもしれないけど。
Generally speaking, men have more feeling that "something is missing." To seek for that, they go to adventure, try to achieve something. It might be a source for work or relationship. Some men can fly somewhere to seek for that like the little prince, though.

女性の一冊、「100万回生きた猫」は、死んでは生き返るのが、へっちゃらなトラネコが、白ネコと過ごした事によって、もう生き返らなくなるって話です。(私も、高校生の時、本屋で号泣しました)
"Million times dead cat" is the book about the can who lived and dead again and again. He did not care at all about that, but at the end he met white cat and he did not want to come back to the world anymore.


女性は、「最後の一人になりたい」ていう、強いつながりを求めた「運命の相手」への願望があるのかな。ある意味、プリンセスストーリーっぽいな。白ネコは、ただそこにいて、なんとなく待っちゃってる所が、「王子様が迎えに来てくれるのを待ってるお姫様」っぽいしね。
The women have the dream that they want to be the last person seeking for the partner of destiny. Sounds like different type of princess story. White cat was just staying there and it was like the princess waiting for prince's coming to pick her up.


どちらも、欠けたものを求めて見つけるという、似た話のようで、根本的になにかが違う。男女が「missing piece」をお互い見つけたと思って、寄り添っている時、そこで描いている物語は、この2つの物語のように、多分、すれ違ってるんだろう。でも、「割れ鍋、綴じ蓋」でないけど、そこに違いがあっても穴は埋まってれば、調理はできるし、生きていける。結果オーライ、かな。(こう思うのも、女性のみ?)
Both stories are about seeking missing part, and similar in that meanings, but they are fundamentally separated. When man and woman thought they found the missing piece and got together, each wrote different stories. But it contains when it shapes the round anyway and they can live together. Result is the same.


ちなみに、話を書いていると、ああ、私は男性目線の話は、まず書けないんだなあ、と実感する。「ぼくを探しに」も、私には多分、書けない世界なんだと思う。私にも欠落感があるし、読めば共感するとしても、同じ事を感じてるようで、その感じ方に何らかの差がある。同様に、男性作家さんの作品って、だいたいそう感じさせられる。当たり前の事なんだけど、私って女なんだなあ、と思う。
I cannot write the "men's point of view story" at all. "The missing piece" is not from my pocket. I have feeling the missing, and I can understand and I am moved by the book, but there is still some difference about feeling. I realize I am a woman.

2009年7月22日

Be carnivorous sometimes 草食にもの申す

先日、相談に乗っていた年下男性が、玉砕しました。
「逃げ道つくって、さらっと誘ったような、気があるような、社交辞令だったような、、みたいな形を取っておけば、俺、断られた事にはならないよ。でもさ、急にそういうのがイヤになってさ、俺も男だ、はっきり気持ちを伝えるぞって。俺は巷にいる草食系になりたくないしさ。」
結果はともあれ、私は、「えらい!それでこそだ!!!」と彼の評価をトリプルAまで上げました。
(In Japan we call the typical men who are very subjective to the relationship as relationship vegetarian men.)  One man asked the girl for date and he broke. He said he could have asked her more "just friend" attitude but he did not want to be one of relationship vegetarian men. I thought that is attractive attitude anyway.
草食系は、世間ではそれなりに評価があるようです。柔軟で、現代的で、穏やかで、争いが嫌いで、、、状況に馴染むようにやわらかに暮らす都会的な姿。へえー、、、
別口からは、こんな話を聞きました。
「僕の周りに、たくさんシングルのまともな男性がいるんだけど、みんな口を揃えて言うんだよね。『彼女いらないけど、向こうから来たら、考えてもいい』て」
私、聞いただけで、怒っちゃいました。いったい、何なの?って。別に男女に関わらないし、恋愛だけの話じゃない。人間って、そんなに受け身なばっかりでいいの?たまには、大事な事のために玉砕するかもしれないけど向かっていく勇気って、必要なんじゃないのかなあ。都会では、そうじゃないのかな、、、失敗しちゃいけないってこと?
This type(relationship vegetarian men) is kind of poplar. They are soft peaceful flexible and modern,,,they fit all the situation of city life. Another person told me that all his single male friends are saying "I do not need girlfriend, but I will consider if the girls approach me from her" I was so mad to hear that. How boring those men are! It is not only about men but women, and it is not limited to relationships but life other issues. People should have some courage to face on their true heart and sometimes need to challenge even it ends up burst. Why are they so afraid of making mistake?
私は、まれにとても肉食なので、がーっと行くことがあります。仕事は特にそうかな。だいたい、どこかに片足残しておいて、片手間で人を感動させられるとは思いません。技術や自分磨きをすれば人生がよりうまく行くという考え方もあるけど、私はそうじゃないんじゃないかな、と思います。自分を護ったまま手に入れられるものは、限られてる。生きていくって、やっぱり、サバイバルな面もあるから、、、
I am sometimes aggressive to important things to me. For ex, job. Can I make somebody moved by the words I wrote while I saved myself somewhere in safe place? Some people believe that they can have better life by brushing themselves and their skills, but I do not think that it is everything. The life is still survival and we need to take risks to get something.
向かっていくと自然、失敗は多くなります。でも、100%自分をさらけ出さないと、見えないものって、あります。たまには、大事なもののためには、かしこくなり過ぎず、器用になり過ぎず、みっともなくたって、心から泣いたり笑ったり、、、それが人生だ、て思う私は、ドラマ体質なのかな?いや、でも、昔から歴史上人はそうやって、必死で生きてたはず。今の世の中、便利過ぎて、豊か過ぎて、「これだっ」て思えなくなってるだけじゃないかなあ。飽食の草食動物って感じ、、、
Of course it gives me more mistakes. But I can see more by living with 100% myself. To be a little bit silly, to be unskillful, to be miserable, and to cry and laugh from our heart, are important part of life sometimes. People through the history had been living like that. Now people are wealthier and the life gets more convenient then people lost view of what is the most important for them. 

草食を志すなら、昔なら、菜食主義でとことんまで、ストイックじゃないとダメだったんでしょうね。超越した仙人みたいな人なら、草食んでても、尊敬しちゃうんだけど、、、なんとなく馴染めない、草食文化です。
If a man wanted to enjoy own freedom, it meant something else in the past. It is more stoic like monk. They had severe life and they got so much risk. The society treated them in different way. I can respect them in that case. Modern relationship vegetarian,,,is not understandable for me,,,

2009年7月21日

Happy birthday for everybody! 誕生日を祝おうよ

先週末、自宅で「誕生日会」が開かれた。誕生日の主は、一度しか会った事のない「友人の古い友人」だった。知り合ったばかりの関係ですが、、、
Last Friday, I had my friend's friend birthday at my apt. I just got to know him recently though.

誕生日って、老いも若きにも、金持ちも貧しきものにも、人に囲まれた人も、孤独な人にも、すべての人に、平等に、一年一度やってくる、特別な日。平等にやって来るんだから、定額給付金じゃないけど、ちゃんと受け取らないと、損しちゃう。
Birthday should be celebrated! This special day comes to everybody-older and younger, rich and poor, happy and lonely, once a year equally. We should take it, otherwise, we will miss some joy.

わたしは、誕生日を誰かがなにもなく迎えてるのを知ったら、祝う事にしている。それは、私がニューヨークに2度目に渡って間もない頃の経験から来ている。
当時、学生でもなく、勤め先がある訳でもなく、誕生日なんだよーと言う機会もなく、「今年の誕生日はこのまま普通の日だろうな」と思ってたら、友人が、自宅に自分の仲間を集めて結構なパーティーを開いてくれたのだ。初対面の人達に、「おめでとう」て祝ってもらったのだが、すごい嬉しかった。
人は、誕生日を一人で過ごしちゃいけないんだ、楽しくすごさなきゃいけないんだ、てその時、思い知った。深い意味なんていらない。祝った方がいいんだって。
I keep it in my mind to celebrate if I find somebody who has no plan for their birthday. It comes from my experience in NY. I had just moved to NY and I was not student anymore and I was not employee either. Then I thought that my birthday will be just ordinal day. But one of my friend gathered her pals to have party for me. I was celebrated by unknown people, but I was happy to be said "happy birthday!" I got to know that nobody should not spend lonely birthday, everybody should have a happy birthday.

派手な事はしてあげられないかもしれない。でも、コンビニのケーキにろうそく灯して、おにぎり食べたって、しないより、やっぱり、した方がいいと思う。貧しくて何もあげられなければ、恥ずかしいようなカードあげたっていい。忙しくて何も準備できなかったら、大きな声で歌ってあげればいい。人は、クールに生きるより、あたたかく生きた方が、幸せだ。それが、誕生日って象徴されてると思う。
I cannot do many things. But better than nothing, anyway. We can celebrate with birthday cake from supermarket with candles. If you cannot afford to buy anything, you made birthday card with lots of terrific words. If you are too busy to prepare, you just sing a song loudly. I think it is happier to live warmer than cooler. Birthday is the symbol of that.

2009年7月15日

cultural? personal? 文化のちがい?それとも、個人?

ニューヨークにいた時、たまに、「日本人」のレッテルにうんざりする事があった。普段は、まったく個人的なつきあいなのに、「あなたは日本人なのにおしゃべりだ」とか「あなたは日本人だから、男性に尽くすんでしょ」とか。ひどいのになると、記事で見たデータとかで、「日本人女性の未婚率は上がってるから、あなたは結婚しないんでしょ」とか、古い小説(谷崎潤一郎/痴人の愛)で読んだ日本人女性像から、「日本人女性って、浮気するんでしょ」とか。ああ、腹立たしい。
日本にいても、多少の違和感を感じる事だってあるし、どう考えても標準に近いとはいえない。というか、いったい「典型的な日本人」な人っているの?

日本人である事を「期待」される事はあったし、勝手に私の行動のひとつを、「日本人だから」と解釈される事があった。「私は日本代表ではない。にしむらかえ、よ」と憤ってケンカした事もある。が、言われてみれば、日本でどっぷり育ったのだし、日本人である事は、確実に染み付いてる。どこからが私で、どこからが日本人の特徴なのか、私も説明ができなかった、、日本文化はふかい所で「私」を作っていて、意識する事もない。無常観とか、死生観とか、どこから手に入れたものかと言えば、やっぱり、日本文化なのかな、と思う。あやふやな暗い井戸の中で、私自身と、私が生まれてから摂取し続けた日本文化が、混沌と混ざっている。分ける事なんてできない。

モノを書く時も、意識せずに体に染み付いた日本文化を使ってしまい、向こうでは全然通じないという事もあった。自然と、「これは、通じるだろうか?」と常に用心しながら書いていたと思う。
今、日本にいて、日本人のレッテルは外れる。私の中の日本文化は、受け手も日本人なのでさらっと理解される。確実に通じる感覚は増えた。私はどっぷり日本人だったのだ。しかし、今度は逆に、「個性的」と言われるようになった。私が「私」である部分が、目立つようになったのだろうか?自分と文化を分けるなんて、無茶で意味のない事なのだけど、そんな経験があるからか、どこからが自分なのかなあ、とたまに、思ったりする。